“タイガー・マザー”の波紋

現在アメリカで大変な論議を呼んでいる“Battle Hymn of the Tiger Mother”という本があります。この本は中国系アメリカ人の母親が自分の子育てを振り返った自叙伝という形で書かれており、メディアではまだ幼なかった娘たちに対して何時間もピアノの練習をさせたり、次女からの手作りの誕生日カード突き返したりというようなエピソードが取り上げられています。控え目にいっても彼女の子育ては「かなり厳しい方針」と言えるでしょう。アマゾンでもこの本の評価は真っ二つに分かれています。私はまだ本を読んでいないのですが、最新号のTIME誌でこの話題が著者のインタビューとともに取り上げられていました。それによると、著者のChua自身もこのような厳しい方針で育てられたそうです。著者の「子供の頃、親が選択肢を制限して厳しく躾けられ、可能性を最大限に生かせるように育ててくれたおかげで、大人になってからの選択肢が広がった」というコメントが印象的でした。TIME誌は心理学者の調査なども引き合いに出しながら、たとえば計算ドリルなどをとことん繰り返させ、考えなくても出来るレベルまでもっていくことで、もっと高いレベルの思考をするだけの余裕が脳に生まれることから、ひたすら繰り返しや練習をさせることに意味があるという指摘をしています。一方で、親子のあたたかい心の交流の欠落や、言葉による脅しやプレッシャーが子どもに与える悪影響という観点から問いかけを受けた著者は「確かに(たとえば、長女を”garbage”(ごみ)と呼んだというエピソードなど)やりすぎたという部分はある」と認めるコメントが載っていました。

本の出版から大変な論議を読んだおかげで、著者のところにも様々な感想が寄せられているそうです。「やりすぎだ」という声がある一方で「自分の親ももっとプッシュしてくれていたら、もっと大きなことができたかもしれない」という感謝の声もあるということでした。確かに、「そこそこ」ではない、抜きん出た技術を磨くためには、長い間の鍛錬が必要ですし、子どものうちからそれをやらせるためには親の確固たる方針をもとにきっちりと導いてやらなければならないという面はあるでしょう。「あなたはもっとできるはず」という言葉や態度で、最大限まで努力をさせること自体は必ずしも悪いことではないと思います。でも、一方で、そこに無条件の愛情はあるのだろうか?あるいは、無条件の愛情をきちんと感じさせることはできるのだろうか?と感じます。親自身はもちろん「あなたのためを思うから言ってるのよ」「あなたには出来るはずと信じているからプッシュするのよ」と知っているし、それを言葉では子どもに伝えるでしょう。でも、子どもが「たとえお母さんの期待に応えられなくても、自分は価値のある人間なんだ」「たとえ最高の成績が取れなくても、お母さんの愛情には変わりがないんだ」と、頭でなくハートで感じることができるでしょうか?

TIME誌の記事は、最後に「中国系ではあるが、この本のストーリーは”Quintessentially American” 、典型的なアメリカの物語だ」と結論付けています。移民としてアメリカにやってきて、身を粉にして働き、子供でも言い訳の余地なしに粘り強く頑張ることが成功の秘訣だと言われたら、それに対して反論の余地はほとんどない、と。著者の娘たちは今10代後半になっており、自分の子供たちにも同じような躾をするだろうと言っていることから、今となっては母親のChuaに対して感謝していることが伺えます。彼女たちは、自分たちがそこまで「優秀」でなかったり、親の期待するようには才能を発揮できなかったとしても、親の愛情には変わりがないと心から実感しているのかどうか、とても興味深いところです。著者の言うように、アメリカの典型的な親が「なんでもないこと」に対して子供に賞賛の声を浴びせて、その結果、子どもが褒められないと動かない子どもになってしまったり、「ひ弱」になってしまうという一面はあるかもしれません。でも、学校の成績や他人からの評価がここまで内面化(人間の価値を左右する原因となっている)されている社会において、子どもが生きる中で経験する挫折や失望を乗り越えられる強い心を持った大人になっていくには、条件つきでない愛情をどのように、どれほど感じさせることができるか、ということが、とても大きな意味をもつと思います。アマゾンのレビューでは「著者が娘たちがいかに成功を修めているかがさんざん書かれている」というものもありました。実際のところを知るために、やはり本を読んでみるつもりです。

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