ミカ

先日こちらの記事に書いたサンノゼに住む親友の話です。彼女はミカという名前の犬を飼っていました。ミカが2歳のときにシェルターからもらってきたそうです。偶然にもミカという名前がついていたのだとか(親友は日系アメリカ人です)。それから10年近くがたち、ミカは病気になってしまいました。癌にかかり、親友とだんなさんは相談して、足を切断するという決断をしました。私たちも去年12月に遊びに行きましたが、3本足になっても普通に歩いたり元気に飛び回ったりしていて、ぱっと見では気づかないような感じでした。もちろん、もう年なので寝ていることが多かったのですが、起きているときは優しい、いたずら好きないつものミカでした。

ミカは大きい犬です。子どもたち(特に下の子)は最初は怖がっていましたが、ミカが気立てのいい優しい犬だとわかったようで、滞在の最後の方ではミカの背中をさすったりできるくらいになっていました。親友の話では、今5歳になる一番上の女の子が生まれたばかりの時、ミカは赤ちゃんが泣いていればすっとんで彼女を呼びにくるし、散歩に行ったときもほかの犬が乳母車に近寄ろうものならすごい勢いで赤ちゃんを守ろうと、乳母車の前に立ちはだかったりしたのだそうです。そのあと双子の女の子が生まれました。だんなさんが出張の多い仕事をしていたときも、ミカがいれば安心でした。親友の家族にとっては、ミカは3人の女の子たちを守ってくれる、大切な家族の一員でした。

そのミカの癌が再発し、具合は急変しました。先週土曜日の夜、親友はFacebookに書き込みをしました。”I am sleeping on the floor next to Mika, because I don’t believe in dying alone” 「一人で死なせることはしたくないから、今日はミカの隣の床で寝る」と。その夜は持ちこたえたそうですが、親友はだんなさんと話し合って、ミカを永眠させる苦渋の決断をしました。もう動くこともできないし、数日待っても苦しむようになるだけだから・・・と。日曜日は一日中、家の前の庭で過ごしたそうです。ハムやピーナッツ・バター、ホイップクリームなどミカの好物を好きなだけ食べさせてあげました。近所の人や、彼女のサクラメントに住む妹がやってきてお別れをしました。月曜日、子どもたちが学校や預け先にいていない時に、親友はだんなさんと一緒に獣医にミカを連れて行きました。

親友は数ヶ月前にお母様を亡くしたばかりです。私は、Facebookに書かれたこのノートを読んで、ミカとお母様がどんなに似ていたかを理解しました。どちらも、癌を一度は克服したこと、その手術が1年近くの時間を与えてくれたこと。どちらも家族を一番大切に思っていたこと。どちらも、とても勇敢でそして美しかったこと。2月18日が” ampuversary” (anniversary と amputationの造語。こんなときでもユーモアを忘れない彼女です)つまり足を切断してから1年後の記念日になるはずでした。偶然にも、生きていたらお母様の68歳の誕生日だったそうです。短い間に大切な家族を亡くすという経験を2回もした一家。今はただ、一日一日を過ごすだけだと語っていました。

また犬を飼うことはあると思う?と聞かれて、もう少し時間がたったらね・・・と言っていた彼女。犬や猫などのペットを飼うということは、かなりの確率でそのペットの死も体験すると言うことです。死を体験することがつらいからもう飼わないという選択肢もあります。最後に死んでしまうなら、何でそんなことしなければならないの?結局何のために生きたの?という思考もできます。人間でも同じことだと思います。人はみないつかは死ぬのですから。でも、私はきっと彼女はまた犬を飼うだろうと思っています。それはミカが生きた12年間、その一日一日の積み重ねや、一緒に過ごした時間の思い出は、最後にまたつらい思いをすることをわかっていたとしても、それでもなにものにも代えがたい、素晴らしいものだったからです。「たかが」ペットという人もいるでしょう。でも人間ではないけれども、生命をもっているものと、そんなに濃い関係を築くことができた彼女と家族の生活はまちがいなくより豊かなものになったし、これからも彼女たちはこの体験を選ぶだろうという気がしています。

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