“Test Your Mettle”

震災からもうすぐ2週間がたとうとしています。この間、ここアメリカでも様々な活動が行われてきました。南カリフォルニアに住む友人たちは、震災後一週間で「チャリティ・イベント」を立ち上げ、一日で300人以上の人が詰め掛けてファンドレイジングを行いました。私も行きましたが、主催者と協力者の思いが一体となり、とても良い気を放っていましたし、また素晴らしい成果をあげたようです。そちらの様子は主催者の一人でもある友人によるこちらのブログで読むことができます。
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日本で生活する人は、被災地にあってもそうでなくても、様々な選択を迫られるような状況となっています。直接被災した方々ばかりでなく、そうでない地域にいる人にも様々な影響が出ています。震災直後の数日と違い、被災地の人をどのように助けるべきか、イベントなどを自粛すべきか、首都圏における放射線は危険なのかそうでないのか、避難したほうがよいのかどうか・・・さまざまな意見が交わされています。中には、どこに向けてよいのかわからない悲しみや怒り、将来に対する不安を(誰にでもよいから)ぶつけてくる人もいます。

英語で”Test your mettle”という表現があります。”You are facing a crisis that tests your mettle” (あなたは自分がどんな人間であるかが試されるような危機に直面している) のように使われます。震災以来、この言葉がいろいろな時に頭に浮かびます。周囲の人の言動に腹を立てている人も、不安でいろいろなことが手につかない人も、こんな状況であなたはどんな風に振舞えるか?ということが常に試されているのです。例えば、先日私は「逃げたと言われるかもしれないけど・・」という題のブログ記事を「成功する国際結婚ブログ」に書きました。それに対して反対の意見を述べるコメントがつきました。コメントは承認制なので、誹謗中傷は掲載しないという選択もありますが、口調は丁寧ですし、私は中傷とは受け取りませんでした。実は私はそのコメントを見たとき、その人の「悲しみ」を感じました。詳細は不明なので想像するしかありませんが、おそらく私の書いたことの何かが彼女の心の柔らかい部分に触れたのだと思います。書かれた言葉は「怒り」でしたが、私には彼女が「逃げた人は私(たち)を見捨てていったのだ」と泣いているように感じられました。あなたの言うことは間違っている、怒りを感じる、と言われて、今度は自分が傷つかないように心を閉じることもできるでしょう。でも、その「怒り」という言葉を超えて、やりきれない思いをぶつけるような形で表現している相手の心境になった時、私が考えた、その時点でできる最も愛情に満ちた行為は、説明も反論もせずそのコメントをそのまま載せることでした。

震災後も今までどおりのブログを書くことを表明したら、ものすごい批判がきてブログを閉じようかと思っているところまで追い詰められた人の話を聞きました。ブログという形であっても自分の意見を発信することには常に「自分に賛成しない人がいる」というリスクが伴います。ある意味、強くならなければ情報は発信できないという面もあります。でも、例え、厳しい口調で批判してくる相手がいたとしても、その言葉を額面どおり受け取らない、あるいは「パーソナルにとらえない」こともひとつのコツではないかと思います。相手の言葉を自分への攻撃と受け取れば、腹がたったり傷ついたりすることもありますが、それぞれがそれぞれのもっている人間の性質そのものを試されているようなこの状況で、その人なりのニーズがあってその言動をとっているのです。ブログでなくても、周囲に失礼な言動をとっている人が身近にるかもしれません。もしかすると、被災地で行方不明の親戚や友達がいるのかもしれません。そのつらい気持ちやニーズの表現方法が明らかに歪んだものであれば、自分の精神衛生を犠牲にしてまで付き合う必要はないでしょう。でも、全ての人は自分にできる精一杯のことをしているのだと信じて、またいつ自分も、被災したりつらい目にあって、そういう立場になるかもしれないと思えば、表面の言動を超えた相手のニーズを推し量ることができるかもしれません。

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