キンダー入学を1年遅らせることの意味

アメリカの義務教育は、日本でいう小学1年生の前の「キンダー」という1年間から始まります。このキンダー入学を、子どもの誕生月によっては1年遅らせるという選択をすることができます。例えば、私の次男は11月末生まれなので、来年9月からキンダー入学もできますし、もう1年遅らせることも可能です(このあたりのカットオフの日は住んでいる地区すなわち管轄の教育委員会によって違うこともあります)。まだ1年先の話ですが、最近このことについて考え始めました。

私のもうひとつのブログ「成功する国際結婚の秘訣!「国際結婚一年生」著者:塚越悦子公式ブログ」では何度かこの件について書いています。「キンダー入学を遅らせる理由」「アイスホッケー選手に1月生まれが多い理由」などの記事でも紹介していますが、キンダー入学を遅らせようと考える親には、もちろんそれなりの理由があります。特に、能力がありそうと見るや、より深い学びができる環境を与えようとするアメリカのようなところでは、入学した時点でクラスメートたちの中で一番年が上であることは、一見、子どもに有利な状況を与えているかのように思えます。実際スポーツの世界ではこれは大いにあてはまる仮定なのでしょう。

つい先日、友人がFacebookで紹介していたこちらの記事を読んでみたら、この「遅らせることの利点」に反論する意見が書かれていました。“Delay Kindergarten at Your Child’s Peril”と題されたこの記事では、1年遅らせることが必ずしもよい結果をもたらさないということが述べられています。ほかの子どもよりも少し年上なためにあるように見えるアドバンテージは、小学校が終わるころにはなくなっていき、高校ではこれらの子どもたちは「モチベーションも低く、成績もよくない」傾向にあるのだとか。この傾向について記事の中では詳細に説明されていませんが、想像すると「小学校低学年のうちに、努力しなくてもほかの子より成績がよく、あるいはなんとかなってしまうという状況を経験してきたために、勉強の仕方を知らない(習慣がついていない)」などの理由になるのでしょうか。

1年入学を遅らせた子どもたちが世に出るころには、特に成績の面でも収入の面でも優位ということはなく、しかも社会に出るのが1年遅れるために、生涯に働ける年数(および収入)も1年分少なくなるとも指摘されています。つまり、スポーツの世界に見られるような「1年遅らせることの優位点」が、学業という世界ではそれほど見出せない、と結論付けられています。

また後半部分では年上の子どもがいるグループにいる(入学を遅らせない)ことのよい点として、「より成熟度が高い子どもと一緒にいることで、特に男の子は精神的にも成長できる」とも指摘されています。例えば、3歳から5歳の子どもで上に兄弟がいたら(かつ下に兄弟がいなければ)、兄弟ひとりにつき、半年程度の成長の促進が起こる傾向があるのだとか。我が家の子どもたちを見ていても、確かに次男は長男が日本語の宿題(ひらがなの読み書き)をしていると、横で一緒にやりたがり、まだひらがなをすべて認識していないながらも、鉛筆を持って一緒に文字を書こうとしています。モンテソーリ式の教育でも複数の学年にまたがった学びの状況を与えており、「XX歳だから~をしないと」というのは必ずしもあてはまらないという考え方をとっています。こちらの記事では「学びというのは社会的な状況で起こるもの。自分の現在の能力を少しだけ超えたチャレンジのある状況で、人は一番学べる。自分がクラスで一番物知りという状況があった場合、得をするのは本人ではなくクラスメートである」と結ばれています。カレンダーどおりに次男を来年キンダーに入学させるべきかどうか、少しまた考える材料ができました。

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