「彼を尊敬できなくなった」

国際結婚のカップルのご相談を受けていると、結婚している方から「パートナーを尊敬できなくなった」というコメントを聞くことがあります。ひとつのパターンとしては、結婚して何年かたった後で、自分は独身時代と同じように、いやそれ以上に、いろいろなことに興味を持ち、学びを続け、精力的に生活しているのに、相手は職場と家の往復だけで特に出世欲も向上心もなく、要するに(コメントをする人にとっては)「変わり映えのしない平凡な生活に満足してしまっている」・・・というものがあります。

では尊敬する気持ちとはどこから来るのでしょうか?よく子どもの頃、歴史上の人物で尊敬する人は?と聞かれることがありましたが、この場合は「すごいと思う人」「自分にはないものを持っている人」そして「自分は到底かなわないと思う人」という意味になるでしょう。「すごい」「自分には(今は)できない」「自分もああいう風になりたい」という人に対しては、(好きかどうかはともかく)尊敬の念を覚えるはずです。

でも、長い間に渡ってパートナーを尊敬し続けるというのはそれとはまた違ったチャレンジがあるようです。パートナーも生身の人間だし、この世に完璧な人はいないのだから、時にはがっかりさせられることもあるでしょう。独身時代にまぶしく感じられたような部分が、時間が経ってみると色あせて見えたりするかもしれません。先日読んだこちらの記事には、「恋愛中は異質性に惹かれ、結婚すると同質性を求める」という意味のことが書かれていますが、あんなに魅力的に思えていた部分が、一緒に生活を共にする相手になってみるとむしろ鼻についたりうっとうしくなったりということも起こりえます。

パートナーに対して、「そのあなたの圧倒的な能力で、自分の尊敬に値する人で居続けて欲しい」と期待していると、パートナーのすべてをそのまま受け入れることは難しくなるような気がします。それはどちらかというと受身の姿勢だし、恋愛の始まりに対して持つような憧れに近い気持ちでもあります。そもそもある人の行動に「がっかりする」というのは、「自分が期待したとおりに動いてくれなかった」ということ。本当の意味でのパートナーシップが、お互いに相手の期待通りに動く人間関係で成り立つことは非常に稀でしょう。

私も夫の行動にがっかりさせられることがありますが、お互いにmind reader(心を読める人)ではないのだから、期待することはまずわかるように表現しなければならないし、さらに言うと、あらかじめ伝えたとしても、そのとおりに相手が行動するとは限りません。常に「相手がXXしてくれたらハッピー」「してくれなかったらアンハッピー」ということでは他力本願だし、パートナーにとっても荷が重い話になってしまいます。ここに私が今考える「尊敬できない症候群」に役立つかもしれない対応策を挙げておきます。

・尊敬できる・できないは結局、比較に基づく“judgement”(価値判断)だと気づくこと。「尊敬できない」という時には「私はあなたよりも優っている」という比較の気持ちがあるのです。自分もそのように比較され価値判断を下されているとすると、それはどんな気持ちでしょうか?

・相手が何を大事にしているか?についての理解を深めること。「私とXXと、どっちが大事なの?」という記事にも書いたように、誰が何をどのくらい大事だと思うかは人によって違います。冒頭で例に出したパートナーにとっては、出世を目指して働く時間よりは、家族との時間のほうがもっと大切なのかもしれません。

“It’s your job to find it!” 相手のいいところを見つけるのは、パートナーであるあなたの仕事。アメリカの“Suits”というドラマで、法律事務所の社長が従業員にサプライズで贈り物をし、受け取った人が狂喜して「私がこれを好きだと、どうしてわかったんですか?」と尋ねるシーンがあります。これに対して社長は“It’s my job to know”.(それを知るのが私の仕事よ)。結婚生活でも、その関係を大事に育てていきたいのであれば、相手のいいところを探し続けることは、パートナーとしてなすべきことではないでしょうか。時には迷路をさまようような気持ちになるかもしれませんが、そもそも「結婚しよう」と思った相手のよさは、時間が経ち形が変わっていても必ずどこかにあるはずです。


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