ヨガを小学校で教えることは違憲?

先日訪れたMeditation Gardenのあるエンシニータスという町は、サンディエゴ郡の北部に位置しています。ビーチ・タウンでもあるこの町はパワースポットとも言われ、色々な宗教に基づく信仰のための建物や場所、または様々な種類の癒しを生業とする人々が多く住んでいます。年に何回かリメンバランス・コースが行われるのもこの町です。

このエンシニータスのEncinitas Union School Dirstirctという教育区の小学校において、学校の授業の一環としてヨガを教えるというプログラムが行われています。The K.P.Jois Foundationという団体から、学校でのヨガのプログラムのために$533,720を教育区に寄付があったのです。去年から既に一部の学校でプログラムが始まり、今年に入りこの教育区のすべての小学校でプログラムが始まることになっています。保護者には概ね好意的に受け入れられているこのヨガのプログラムですが、一部の保護者から「ヨガはヒンズー教を広めるものである」として反対する動きがあることがニュースになっていました。この保護者のグループはヨガのプログラムを中止しなければ教育区を訴えると明言しているようです。

私もサンディエゴやハワイにおいて、色々なタイプのヨガのクラスに出たことがあります。それぞれのヨガのクラスには独自のカラーがあり、例えばスポーツジムで行われるヨガのクラスの中にはストレッチや筋肉を鍛えることに重点がおかれているものがあれば、ヨガだけを教えているようなスタジオでは、よりスピリチュアルなことに重きがおかれているものもあります。ハワイで行っていたサンセット・ヨガでも、クラスの冒頭で必ずインストラクターから心の状態に目を向けるようにという言葉がありしました(『他人の成功を喜ぶこと』もそのひとつです)。また以前行っていたオーシャン・ビーチのナマステ・ヨガというスタジオでは、クラスの最初と最後はインストラクターの奏でる楽器にあわせてサンスクリット語の詩を唱えることになっていて、ヨガのルーツを強く感じさせる雰囲気がありました。

このように、ヨガと一言で言っても様々な種類のものがあり、またインストラクターによってどのくらい「スピリチュアル色」を出すかということも違ってきます。こうした保護者の心配に応えるべく、教育区は事前に保護者を招いた説明会も催したとのこと。また、学校で教えられるクラスは、マントラを唱えたり、胸の前で手を合わせて「ナマステ」のポーズをとるなど、少しでも宗教色があると解釈されるものは省いたプログラムになっています。前述のニュース記事の後半では、キンダーのヨガのクラスを見学した親が、自分の子どもを退室させたことが書かれています。この保護者は、太陽礼拝という一連のヨガのポーズを見て「キリスト教の教えでは主のみが礼賛されるべき。太陽礼拝はキリスト教の教えに反する」と感じたそうです。

記事ではまた、以前から、公立の学校において祈りが行われることの是非について議論が続いているけれども、憲法の専門家によると、実は法廷ではまだ「何をもって宗教とみなすか」ということが明確に定義されていないと書かれています。また法廷でヨガを宗教的な行為とする判決が下されることはおそらくないであろう、とも。この専門家は、今のアメリカにおいてはヨガは完全に市民権を得ており、多くの人は特定の宗教のことは頭にないであろうからという理由を挙げていました。

エンシニータスで、ヨガのプログラムが授業の一環として行われている学校にお子さんを通わせているお母さんと話をする機会がありましたが、「反対しているのは一部の保守的な(多くは)クリスチャンの家庭で、子どもにまで『ヨガは宗教的だから良くない』と教えている」とコメントしていました。何でも、反対している家庭の5歳のお子さんが、彼女のお子さんに向かって「ヨガをすることはキリスト教でなくヒンズー教を信仰することだ」と言ったのだそうです。宗教の自由を求めて国を離れた人々がアメリカ合衆国の始まりであることを考えると、少しでも自分たちの宗教が脅かされると感じると、それを除外しようとするこうした動きに出る人々がいるというのは、ある程度想定内のことかもしれません。アメリカ中でも、現在のところ授業の一環としてヨガが教えられているのはこの教育区だけ。教育委員長は「全米中の学校のモデルになれるように手を尽くす」と述べています。ヨガの心と体への効能を身をもって体験している私としては、ヨガは子どもたちにもポジティブな変化をもたらすものだし、学校の授業でやってくれたら楽だな・・・とは思いますが、これも宗教には寛容(あるいは無頓着)な日本人だからかもしれません。エンシニータスでの訴訟問題について、また追いかけてみたいと思います。

コメントを残す