2000人の聴衆を前にスピーチをした日(World Domination Summit 2015)

19047671793_559f8e38cd_k2011年から4年にわたり、毎年夏に行われる世界征服サミット(World Domination Summit略してWDS)に参加してきました。何が起こるかもわからないままに参加した最初の年、「こんなイベントは今まで体験したことがない!」と衝撃を受け、イベント開催中にもう翌年の参加を決めたのでした。そして2年目は開催月が6月から7月になったこともあり、夏休みの家族旅行も兼ねてシアトルとポートランドを訪ねました。2年目の最初のスピーカーはDr.Brene Brownで、彼女の講演に深い感銘を受けたのを覚えています。過去5回の中でもこの年は講演者が秀逸だったのに加えて、閉幕の間際にWDSチームから1000人の参加者全員に100ドル札の入った封筒が手渡された回でもあり、今まででも一番印象に残っている年です。

058その翌年の2013年の夏はちょうど家族で日本に5週間滞在していたときだったので、日本から単身でポートランドまで往復し、数日間を過ごしました。講演者のひとりだったDarren Rowseの語った夢についての言葉が心に残り、WDSから帰る飛行機の中で「1年以内に一家で日本に移住する」と決意し、帰国の翌朝夫に話をしました。目標を定めて動いてきたことが翌年の6月に実を結び、その年の秋に日本への移住が実現しました。WDSに参加したことをきっかけに経験した、あるいは自分が選択したことのなかで、これは一番大きな出来事だったと言えるでしょう。

2014年のWDSでは「もう4回目になるし、今までと違う体験ができたら」との思いで、「アンバサダー」と呼ばれるボランティアスタッフとしての参加を希望し、舞台裏を体験することができました。また日本移住の2か月前だったこともあり、しばらくアメリカを離れる前にと再び家族でシアトルとポートランドを旅行し、親しい友人たちを訪ねる旅にもなりました。この年はまた、WDS本番の前に「ヨガの世界記録に挑戦する」という楽しいイベントもあって、子どもたちもその様子を見せることができたのはいい思い出です。001-1サミット参加の2か月後に日本に移住。2015年の参加を決めたのは年が明けた1月のことでした。今年はまた日本からの参加になるし、正直なところ参加をどうしようかなぁと思っていた部分もありましたが、今までの積み重ねから家族は「きっと行くんだろう」と思っていてくれたようです。そのサポートがあったことと、過去4年通う間に出会った友達にWDSで再会したいという気持ちがあり、今年1月のチケット販売の時に購入しました。

そしてあっという間にやってきた7月。例年どおり金曜日にポートランド入りし、その夜のオープニングパーティから始まって怒涛の週末を過ごし、月曜の午後にはまた日本行きのフライトに搭乗するという慌ただしいスケジュールでしたが、時差ぼけにもならずハイテンションのまま過ごした気がします。今年のハイライトはやはりサンディエゴのWDSグループの仲間に会い、楽しいひと時を過ごしたこと、そして日本のコミュニティのみんなと檀上にあがり、2000人の聴衆を前に英語でスピーチをしたことです。

11014668_969213646457377_1940160447429095605_n事の発端は5年間一緒にWDSに通った同志である堀さんのところに、数か月前にWDSチームから来た「日本のコミュニティに檀上で数分間プレゼンをしてほしい」というメールでした。それを聞いた時から「せっかく区切りとなる5年目の参加なのだから、可能なら何か新しいことをやりたい」と思い、参加予定の友人たちと色々と案を巡らせていました。紆余曲折を経て私がメインで話をすることになり、日本を出発する数日前にスピーチを書き、スライドを作ってWDSチームに送り、空港に向かう電車や飛行機の中でインデックスカードを手に一人でブツブツと練習をする旅になりました。現地入りした後に、日本のコミュニティの仲間と一緒に登壇し、彼らが見守る中で私が話すという形式で行うことに話が落ち着き、土曜の午後の長い昼休みの間に舞台リハーサルを実施(写真は榊さんがリハーサル中に撮ってくれていたものです)。その時にポートランド入りしてから思いついたことをスピーチに入れたりしたこともあって、また頭の中でイメージトレーニングをしながら落ち着かない土曜の夜を過ごし、本番の日曜の朝を迎えました。

WDSのキーワードのひとつに「コミュニティ」がありますが、それは私のスピーチのテーマでもありました。私が去年まで住んでいたサンディエゴには大勢のWDS参加者がいて、素晴らしいコミュニティが出来上がっています。私も2012年のWDSの後にその存在を知ってグループの集まりに顔を出すようになり、毎回のように顔を出す中心のメンバーとは家族ぐるみでつきあうくらい仲良くなっていました。彼らのおかげで、サンディエゴでの最後の数年はそれまで以上に豊かになったのです。DSC07007サンディエゴのグループの結びつきが強い理由のひとつは、コアのメンバーがとてもいい人たちであること。そして常に誰かがイベントを企画していて、気が向けばいつでも、夢を語り合ったり励ましあったりする仲間と会うことができる・・・そんな彼らと出会えたこと、それだけでもWDSには感謝の気持ちでいっぱいで、それをスピーチで伝えたかったのです。そして、私も新たな場所でそんなコミュニティを作りたいし、聴いてくれているみんなにもそれぞれの場所で輪を広げてほしいということも。

DSC06992今回のWDSのためにポートランド入りしたのは、去年の9月に日本に移住してほぼ10か月経ったときでした。多くの友人と再会を喜び合ううちに、私はアメリカ生活12年の間に「友達との挨拶でハグをする」ことがすっかり当たり前になっていたということ、そして、それを日本では気兼ねなくできないのを実は寂しく感じていたということに、ポートランドに来てから初めて気が付いたのです。日本で準備していたスピーチの冒頭に「私と同じく今年5回目の参加者である堀さんが毎年WDSに来る理由は、WDS恒例のBollywood Danceをするためだ」という箇所を写真とともに入れていたのですが、このハグについても、日本では自然にできないことがここでは可能になることのもうひとつの例ではないかなと感じました。そこで「日本人は挨拶でハグをする習慣がないんだけど、アメリカ生活が長かった私にとってはハグするのは自然なことだから、相手が日本人でもハグしたいと思っていたんだよね。日本だとなかなか自分の殻を破ってやりたいことをするのが難しいけど、それを変えたいと思っている」という趣旨のことを言って、スピーチの途中で一緒に檀上にいる仲間とハグをさせてもらうことにしました。

hugs土曜日のリハーサルでは立ち位置やスライドの確認などだけで、実際にスピーチを行うことはしなかったので、このハグの部分も含めて、当日はほぼぶっつけ本番の状態でした。そのためもあって途中で次のスライドへのクリックを忘れていたり、時間切れで準備していたことの全ては言えなかったりと、完璧とはほど遠い出来でした。それでも、一番言いたかったことは伝わったのではないかな?と思っています。また堀さんの提案で、スピーチの締めくくりも会場のみんなに隣りの人とハグをしよう!と呼びかけて、会場全体が和やかな雰囲気になったところで終了になりました。

スピーチが終わった直後は、とにかく檀上で転ぶこともなく無事に終わったことの安堵感でいっぱいでした。そして覚えているのは、自分たちの番が来て舞台に出ていくときに、緊張よりも嬉しいという気持ちのほうが大きくて自然にニコニコするのを止められなかったこと。2000人もの聴衆を前にスピーチすること自体、初めての経験でしたが、前日の土曜日に次々と登壇するスピーカーの講演を聴きながら、WDSの参加者はとても前のめりな感じで登壇者の呼びかけによく反応しているな~と感じていたので、たとえ失敗してもきっと大丈夫だろうという気持ちもありました。実際に話し始めたときに目に飛び込んできた人々の顔はみんな優しく、好奇心に満ち溢れた表情をしていて、それにも勇気をもらいました。19046048924_88ed3e4b04_k

私たちの番が終わり、しばらくして休憩時間になったときに会場を歩いていたら、多くの人が「とてもよかったよ~」と声をかけてくれました。そして会う人、会う人 みんなが“Let me give you a hug”と言ってハグをしてくれ、最後には “Oh, you are the hug lady!”と言う人までいたりして、今までの人生の中でも最も多くの人とハグをした日だったかもしれません。また、ある参加者からは「君のスピーチよかったよ。隣に座っていた男性はイスラム教徒だったんだけど、檀上でハグする君たちを見て”I want to hug my people too”と言っていたんだよ」と教えてくれた時は、何とも言えない嬉しい気持ちになりました。

スピーチの中で話したことのひとつには、家族への感謝の気持ちもありました。出発前に留守の間のことを夫にいろいろ引き継いでいるとき、「もう5回目だし、これで最後のWDSかな~」と言ったら、夫はそれに対して「それは素晴らしい」。私の両親のサポートもあるとはいえ、言葉もそれほどできない異国の地で留守を任されて「子どもたちが病気になったら」とか「万が一事故にあったら」という緊急事態について夫がいろいろ考えを巡らせていたのを知っていたので、まぁ当然の反応かなと受けとめました。

でも、夫は少し経ってからこう言ったのです。

You know, I am not sure if your not going to this kind of thing is the best decision for our family. After all, you are just trying to be the best person you can be. Self-exploration is necessary for that.

「君はなれる中で一番の自分になろうとして、こういうのに参加しに行くわけだから、それに行かないことが家族にとって最善とは必ずしも言えないと思うよ」。出発前夜の彼のこの言葉には本当にびっくりし、その気持ちを本当にありがたいなぁと感謝するとともに、私も彼がやりたいことはできるだけサポートしたいと改めて感じました。DSC07009スピーチの中でも、WDSに来る理由の一つとして、職場での役職や、「妻」や「母」など、各人が持ついろいろな役割に沿った言動をとることを求められるプレッシャーが比較的強い日本から少し離れることで、Who am I?” つまり自分は何者なのか、ということをゆっくり考えたり、あるいは思い出させてくれる機会のひとつであることも話しました。

そしてWDSのすべての講演プログラムが終了して閉会になったとき、WDSチームから来年の方針について、2年目と同等の1000人規模に縮小するという発表がありました。すでにそのうち半分のチケットはWDS開催期間中に完売しており、残りは500枚。それを聞いた時、やはり今年が最後だったなと確信しました。幸運にも過去5回参加することができたので、まだ行ったことがない人に席を譲りたいという気持ちもありますし、これまでの経験でWDSのコミュニティとも強いつながりができたことと、ここ数年はメインステージでの講演はサミット終了後しばらくしてから動画が発表されているので、ポートランドに行かなくても『WDS的なもの』に物理的にも心理的にもいつでもアクセスができるということもありました。

堀さんもブログにこんなことを書いていますし、この経験から次に何を生み出していけるかを一緒に模索していきたいものです。また、2016年はWDSに行かない代わりに、自分の専門分野における見聞をさらに深めるための会議やワークショップなどに参加できればと思っています。例年どおりクロージングパーティでは踊り倒し、それも終わってしまった後には、親しい友達たちに「来年は戻ってこないけど、またどこかで会おう」と再会を期し別れを告げました。今までのサミットの思い出が交錯して、またもう当分は会わないかもしれない人々の顔が浮かんだりして、bitter sweetな幕切れでもありましたが、何か「やり切った」というような清々しい気持ちもありました。やはり最後は「ありがとう」という言葉で締めくくりたいと思います。
Thank you & until we meet again!19653483776_1420bf6789_k (images: Armosa Studios)

コメントを残す