ドキュメンタリー映画「ハーフ」

先日、以前から気になっていたドキュメンタリー映画「ハーフ」の上映会が、友人の主宰しているThe Global FamiliesというNPO団体の主催で行われました。

日本人と外国人を両親にもつ子どもは、日本では「ハーフ」と呼ばれることが一般的です。映画の中でもこの呼び方についてのディスカッションがあり、「ハーフ」はあまりよいニュアンスがない、という意見や、この呼び方は日本だけのものという意見も紹介されていますが、実は英語でも自分のルーツを説明するときに”half”という言葉は使われます。ただ、英語では “I am half”とは言わず、”I am half Japanese, half American” など、必ずそのあとに「どの文化のルーツがあるのか」を指す言葉が入ります。

 映画では、在日韓国人の男性と結婚した日本人の母親から「韓国人とのハーフだということをほかの人に言ってはダメ」と言われ、悩み苦しんだ女性のストーリーがありました。どの国の出身だったとしても、また自分の親がどの国の生まれだったとしても、自分を構成するひとつの要素を完全に否定しなければならないのはつらいことです。実際に、この女性は15歳になるまでは自分がハーフであることを知らずに生きてきて、事実を知ったあとに、日本も韓国も嫌いになった時期があった・・・と語っていました。映画では、彼女が自分と同じように多様な人種的文化的背景をもつ人たちの集まりであるミックスルーツという活動にかかわることで、居場所を見出し、またふたつの文化を持つ自分を肯定できるようになるまでの様子が描かれています。現在は結婚して子どももいる彼女は、子どもには「あなたには複数のルーツがあって、本当にラッキーだね!って言い聞かせたい」と笑顔で語っていたのが印象的でした。

また、ガーナ人の母と日本人の父をもつデイビッドのストーリーは強いインパクトがありました。見るからに「普通の日本人」ではないために、初めて会う人には必ずと言っていいほど「なにじんですか?」と聞かれるシチュエーションがあり、周りの友人が「おまえは大変だなぁ」とコメントしたことがあるのですが、それに対して彼は「自分のことを説明するのは、全然いやじゃない。それで、少しでも多くの人が、こういう日本人もいる、と知ってもらえたら」という趣旨で、次の世代のために自己紹介をしているんだ、ということを言っていたのです。デイビッドは事情により兄弟と一緒に児童保護施設に入っていたりして、実に様々な葛藤を抱えながら生きてきたに違いないのに、そのオープンさ、優しさに心を打たれました。自分の母親の国であるガーナに行ったことがきっかけで「自分はやっぱり日本人だ」と再認識し、また「恵まれた立場にいる自分だからこそできる」と言ってガーナに学校を建てるプロジェクトをやっています。

映画では、新生児の49人にひとりが日本人と外国人の間に生まれている、と紹介されていました。我が家の子どもたちもこの統計に入っています。夫がアメリカ人なので、文化的には子どもたちは「日本人とアメリカ人のハーフ」。そして、普段意識することはほとんどありませんが、夫も「マレーシア人とインドネシア人のハーフ」なのでした。アメリカは移民の国で、ほとんどすべての人がいずれの時点かではどこかからアメリカに渡ってきている多文化・多民族国家です。育っていく過程で、まわりに多文化ファミリーがたくさんいるかどうかも、子どものアイデンティティ形成や自己肯定感に大きな影響を与えるでしょう。ハーフの子どもたちをもつ親として、彼らの出自についてどのように言葉かけをしたり、またそのことが原因で悩むようなことがあったときにどういう態度をとるべきなのかを考える機会にもなりました。多文化、多様性ということが身近な問題であるかどうかにかかわらず、これからの日本を生きる多くの人に観てもらいたい映画です。

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