ドキュメンタリー映画「ハーフ」

先日、以前から気になっていたドキュメンタリー映画「ハーフ」の上映会が、友人の主宰しているThe Global FamiliesというNPO団体の主催で行われました。

日本人と外国人を両親にもつ子どもは、日本では「ハーフ」と呼ばれることが一般的です。映画の中でもこの呼び方についてのディスカッションがあり、「ハーフ」はあまりよいニュアンスがない、という意見や、この呼び方は日本だけのものという意見も紹介されていますが、実は英語でも自分のルーツを説明するときに”half”という言葉は使われます。ただ、英語では “I am half”とは言わず、”I am half Japanese, half American” など、必ずそのあとに「どの文化のルーツがあるのか」を指す言葉が入ります。

 映画では、在日韓国人の男性と結婚した日本人の母親から「韓国人とのハーフだということをほかの人に言ってはダメ」と言われ、悩み苦しんだ女性のストーリーがありました。どの国の出身だったとしても、また自分の親がどの国の生まれだったとしても、自分を構成するひとつの要素を完全に否定しなければならないのはつらいことです。実際に、この女性は15歳になるまでは自分がハーフであることを知らずに生きてきて、事実を知ったあとに、日本も韓国も嫌いになった時期があった・・・と語っていました。映画では、彼女が自分と同じように多様な人種的文化的背景をもつ人たちの集まりであるミックスルーツという活動にかかわることで、居場所を見出し、またふたつの文化を持つ自分を肯定できるようになるまでの様子が描かれています。現在は結婚して子どももいる彼女は、子どもには「あなたには複数のルーツがあって、本当にラッキーだね!って言い聞かせたい」と笑顔で語っていたのが印象的でした。

また、ガーナ人の母と日本人の父をもつデイビッドのストーリーは強いインパクトがありました。見るからに「普通の日本人」ではないために、初めて会う人には必ずと言っていいほど「なにじんですか?」と聞かれるシチュエーションがあり、周りの友人が「おまえは大変だなぁ」とコメントしたことがあるのですが、それに対して彼は「自分のことを説明するのは、全然いやじゃない。それで、少しでも多くの人が、こういう日本人もいる、と知ってもらえたら」という趣旨で、次の世代のために自己紹介をしているんだ、ということを言っていたのです。デイビッドは事情により兄弟と一緒に児童保護施設に入っていたりして、実に様々な葛藤を抱えながら生きてきたに違いないのに、そのオープンさ、優しさに心を打たれました。自分の母親の国であるガーナに行ったことがきっかけで「自分はやっぱり日本人だ」と再認識し、また「恵まれた立場にいる自分だからこそできる」と言ってガーナに学校を建てるプロジェクトをやっています。

映画では、新生児の49人にひとりが日本人と外国人の間に生まれている、と紹介されていました。我が家の子どもたちもこの統計に入っています。夫がアメリカ人なので、文化的には子どもたちは「日本人とアメリカ人のハーフ」。そして、普段意識することはほとんどありませんが、夫も「マレーシア人とインドネシア人のハーフ」なのでした。アメリカは移民の国で、ほとんどすべての人がいずれの時点かではどこかからアメリカに渡ってきている多文化・多民族国家です。育っていく過程で、まわりに多文化ファミリーがたくさんいるかどうかも、子どものアイデンティティ形成や自己肯定感に大きな影響を与えるでしょう。ハーフの子どもたちをもつ親として、彼らの出自についてどのように言葉かけをしたり、またそのことが原因で悩むようなことがあったときにどういう態度をとるべきなのかを考える機会にもなりました。多文化、多様性ということが身近な問題であるかどうかにかかわらず、これからの日本を生きる多くの人に観てもらいたい映画です。

「男の子の育て方」

最近、「男の子の育て方」という本を読みました。諸富祥彦さんという、大学の教授であり教育カウンセラーを長年されている方によって書かれたこの本には、「『結婚力』『学力』『仕事力』。0歳から12歳児の親が最低限しておくべきこと」という副題がついています。とても読みやすく、すぐに実行できるヒントがたくさん書かれていました。

この本によると、子育てには3つのステージがあるとのこと。

①ラブラブ期:0歳から6歳くらいまで

②しつけ期:6歳から12歳くらいまで

③見守り期:10歳から12歳以降、18歳くらいまで

男の子の子育てで最も重要なことのひとつは、①のラブラブ期のときに、親、特に母親から「これでもか」というくらい惜しみない愛情を受けること。そして著者の諸富先生は、具体的な方法を提示したあとで、この母と子どものラブラブな関係を築くためにできることのひとつとして、『3歳まではできるだけ、自分の手だけで育てないほうがいい』と言っています。よく世間でささやかれる「3歳までは預けないで自分で育てたほうがよい」という3歳児神話の真逆をいくこの提案に、驚く方もいるかもしれません。でも、ずっとべったり一緒にいる=質のよい時間を過ごしているとは限りません。子育て中のお母さんのうち、一番ストレスが高いのが「専業主婦」、次が「フルタイム勤務のお母さん」、そして一番ストレスが低いのは「短時間勤務のお母さん」というデータも本の中で紹介されています。フルタイムの仕事に限らず、パート・タイムの勤務や、たとえボランティア活動だとしても、信頼できる人にお子さんを預けて、自分のことに集中する時間があるほうが、お互いにとってよいという先生の見解です。

また「子どもが少し大きくなって、手がかからなくなったら」というタイミングで仕事に復帰することについては「12歳~18歳の見守り期こそ家にいる時間を増やしたほうがよい」と指摘されています。こうすることで、思春期の難しい時期にちょっとした変化にすぐ気づいたり、必要があればサポートをするという体制をとれるようにするためということです。

現実的には子どもが大きくなったから勤務時間を短くする、ということが難しいご家庭ももちろんあるでしょう。私がこの部分を読んで思ったことは、物理的に一緒にいる時間が短くても、そのときに子どもが何かシグナルを発してきたら、親として何でも受け止めて、一緒に解決法を考える準備があるということを、常に言動で示すことが大事なのかな、ということでした。我が家の子どもたちは3人とも男の子なので、彼らが難しい時期に入ったときに困らないように、やはり①のラブラブ度を充実させていかなくては、と改めて感じました。

うちの子はもう6歳は超えてしまったわ、という人も大丈夫。「気がついたときがスタートです!」と諸富先生も言い切っています。今からでもできることは何でもトライしてみましょう。親子関係は一生続くものでありたいので、何事も遅すぎるということはないと思っています。

ペアレンティングの知恵の宝庫”It Takes a Village Conference”

私の尊敬するRCB親子コミュニケーションコースの先生、Susie Waltonが主催するIndigo Villageでは、毎年一度“It Take a Village Conference”を行っています。今年で5回目になるこの会議。毎年様々なフォーマットで行われてきましたが、今年はTEDトーク形式ということで、登壇するスピーカーが20分ずつ、テーマを決めてプレゼンテーションをすることになっているとのこと。過去の会議では「あの講義も聞きたいし、こっちもチェックしたいし・・・」というのが悩ましかったのですが、今回は全員のスピーカーの話を聴けるようになっています。現在発表になっているスピーカーとプレゼンテーションのタイトルはこちら。

Susie Walton: Joy of Parenting

Jane Nelsen: No More Logical Consequences, At Least Hardly Ever

Bobbi Jo Cecio: The Education Connection

Jeff Everage: Building Resiliency in Children

Norma Jean Flood: Body Image and Food Issues Among Youth and Into Adulthood

Christa Orrechio: Breaking Up With Sugar for Good

Heather Lampron & Joe O’Quinn: Five Love Languages

Susan Gilmore: Are You Ready? Probably Not.

Kathryn Cloward: Shine, Shine, Shine

Lawrynce Cecio: The Hero’s Journey

各スピーカーの経歴や、プレゼンテーションの概要についてはこちらのページでご覧いただけます。

今年の会議は5月4日(土)9時から1時半、エンシニータスのSeaside Center for Spiritual Livingというところで開催されます。参加費用は前日までの購入で35ドル(カップルで65ドル)、当日は45ドル。チケットはこちらのサイトからご購入いただけます。去年は生まれたての三男の入院騒ぎで行くことができなかったこの会議なので、今から当日の土曜日を楽しみにしています。参加される方がいらっしゃいましたら、是非会場でお会いしましょう!

NY市で継続中の10代の妊娠を予防するキャンペーンに非難が集中

Empathy is the ability to put ourselves in someone else’s place in order to understand what they are feeling. When we are empathetic, we can listen and respond authentically to others, and we have the skills to consider how our actions will impact others. 共感するとは、自分を誰かの身におきかえてみて、その人が感じていることを理解すること。共感しようと心を開いているとき、私たちは相手の気持ちを聞いて、本来の自分らしく反応することができるし、自分の行動が周囲の人にどう影響するかを考えることもできる。

これはDr.Brene Brownが最近のブログ記事“Public Shaming is a Better Example of “If it feels good – do it” than Teen Pregnancy”で書いていた言葉です。この記事のトピックは最近ニューヨーク市が開始した10代の妊娠を予防することを目的としたキャンペーン。涙目をした幼児の写真に「お母さんが僕を10代で産んだから、僕が高校を卒業できない確率は2倍高い」など、類似のメッセージがついたポスターがあちこちに貼られているそうです。このキャンペーンには各方面から「10代の妊娠を防ぐ具体的な方策や、彼らに対するサポートを提示していないばかりか、10代で親になるグループや、その子どもたちに対する偏見をあおるだけだ」という趣旨で多くの批判がよせられています。

Dr.Brene Brownはブログ記事で「”shame”(恥)を使ったこのようなキャンペーンは、私たちの共感する力を奪ってしまう」そして「“shame”は、私たちは変わることができると信じる心を内側から蝕んでいく」と強調しています。

親として子どもにきちんとした躾をしたいと思うとき、子どもに”shame”という感情を味わわせることで、行動を改善させようとする場合があります。もちろん私も例外ではありません。兄弟げんかの仲裁の場面や、子どものとった適切でない言動に対して謝りの言葉を強要するような状況で、親が無意識のうちに、子どもにこの”shame”という感情を感じさせていることもあるでしょう。

でも、”shame”を使って行動の変化を促す試みが、その人に、長続きするような根本的な行動の変化をもたらすという証拠はない、とDr.Brownは語っています。それは、”shame”という感情に満ちてしまっている人は、だんだんと自分自身の力を信じられなくなるからなのです。また”shame”という感情は多くの場合、暴力や、いろいろなものへの中毒、無気力、そして恐れの原因になっています。10代の妊娠や、極端な肥満や、アルコールや薬物への中毒・・・・これらのことで既に苦しんでいる人たちに向かって、「あなたはこうなるべきではなかった」とさらに攻め立てるようなことは、彼らが持っている”shame”という感情になんの救いももたらさないと彼女は言っています。彼らにもっと必要なのはEmpathy、つまり彼らの身になってみて、心から理解しようとすること。子育てにも同じことが言えるのではないでしょうか。

1歳児検診

2月22日に三男が1歳になり、今日1歳児検診に行ってきました。待合室で、上のふたりの1歳児検診のときにはなかった、子どもの発達度についての質問が書かれた紙を渡されました。質問の内容は、例えば「『はい』という意図で首をたてにふるか」とか「名前を呼ぶと反応するか」「『バイバイ』という意図で手を振るか」「何種類くらいの音を発するか」「単語をいくつくらい話すか」などが20問ほどあったでしょうか。名前を呼ばれて診察室に入り、回答した質問表を看護婦に渡して待っていると、しばらくして現れたかかりつけの小児科医が言うには「詳細なエバリュエーションをお薦めします」。何でも、通常の発達度合いとみなされるスコアに1点足りなかったそうなのです。

小児科医には、詳細なエバリュエーションをするための選択肢としてふたつのオプションを提示されました。ひとつは、三男が生後10日で入院したときにお世話になった子ども病院で行われているChildren’s Care Connectionというプログラム。これはカリフォルニア州のタバコ税を財源とするFirst Five Commission of San Diegoという団体によって組織されているサービスです。サンディエゴ在住の5歳以下の子どもが対象で、こちらのウェブサイトによれば、小児科医からの紹介のほか、保育園の先生やあるいは保護者自身が少しでも「大丈夫かな?」と疑問に感じたら直接コンタクトをとり、電話で相談にのってもらうことができます。また、詳細なエバリュエーションの結果、何らかのサポートが必要となったときには、無料で受けられるプログラムもあるようです。詳細はこちらのウェブサイトChildren’s Care Connection(C3)というところをクリックしてください。

小児科医が提示したオプションの2つ目はカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の自閉症に関するリサーチでした。実はこちらのリサーチには長男、次男とも参加させた経緯があります。この調査に参加させた結果、長男の発話の遅れを指摘され、18ヶ月くらいのときからスピーチセラピーを受けることになったのです。そもそも長男を調査に参加させたのは、リサーチに協力をよびかける広告に「面白そう」と応えたのがきっかけで、小児科医の紹介ではなかったことを思い返してみると、この5年間のうちに、自閉症やその他のコンディションを早期に発見し、早期に対応をとろうという姿勢と、それに呼応したシステム作りがさらに進んでいるのだな・・・と感じました。1歳児を育てるのは久しぶりの経験で、正直なところ、どの月齢で何を期待すべきなのかということを忘れている部分もあるので、この機会にこれらのプログラム両方に連絡をとってみようと思っています。

バレンタイン・デーだけでなく・・・

私たちは今年の5月で結婚11年になります。円満な結婚生活の秘訣は?と聞かれたとき、まず私が挙げるのは、「定期的にふたりだけで出かけること」。英語では “date night”といって、特に既婚カップルが二人だけで出かけるときに使われます。夫婦に子どもがいれば“parents night out”とも言われるこのデート・ナイト。日本では親になると結婚相手をその役割の名前(「パパ」「ママ」など)で呼び合う夫婦も多い中、アメリカでは既婚カップルのデート・ナイトは一般的な慣習として浸透しています。

子どもがいる夫婦がふたりだけで出かけようと思った場合、まず考えなければならないのは「子どもを誰に預けるか?」ということでしょう。我が家の場合、夫婦どちらの家族も近くに住んでいないので、ベビーシッターを雇うか、友人にお願いするか、という選択肢がありました。以前住んでいたところでお隣に住んでいたカップルもちょうど同じくらいの年のお子さんがいたので、何度か交代で子どもを預けあったこともあります。

また、我が家では数年前にサンディエゴ州立大学のキャリア・ページを通じて見つけ、それ以来ずっとデート・ナイトや、緊急事態があるたびにお願いしてきたベビーシッターがいました。去年の今頃に彼女の妊娠がわかり、「新たにベビーシッターを見つけないとね」と考えているうちに、夫の仕事の関係で3ヶ月ハワイに滞在することになりました。ハワイに行って生活が落ち着くと「誰かベビーシッターを見つけて(子どもたちを預けて)食事に行こう」ということになり、まずは口コミで探し始めました。周囲の知人や夫のハワイでの同僚に訪ねてみたり、またCraigslistという無料のクラシファイドのページで募集したりしましたが、いい人が見つからず、時間もないことから、初めてSittercityという有料のサイトを利用してみました。

Sittercityの登録料は年間で70ドル程度(夫はウェブサイトでクーポンを見つけたので、かかったのは40ドルでした)。会員登録をして、私たちの基本的な情報を入力した後、「ベビーシッターを募集」という記事を投稿すると、24時間以内に10人ほどから応募するメッセージが寄せられました。それぞれの候補者のプロフィールをサイトで読んで、時給の交渉などをメッセージでやりとりをし、そのうち2人に連絡をとり、インタビューのために来てもらいました。ちなみに、メッセージのやりとりはこのサイトを通じて行われるため、電話番号や自分のメールアドレスは自分が公表しない限り相手にはわからないようになっています。結局、面接をした2人ともよさそうな人だったので、ハワイ滞在中は変わりばんこに来てもらっていました。

このSittercityでは、それまでにベビーシッターを利用した人々からのレビューも読むことができるし、場合によってはバックグラウンド・チェックの有無もわかるようになっています。サンディエゴに帰ってきてからすぐに引越しをしたりしたので、夫婦ふたりだけで出かける余裕があまりない年末年始でしたが、今月に入ってまた募集の記事を書いたところ、今度はなんと1日だけで17人もから応募がありました。デート・ナイトに限らず、何かあったときに来てもらえる人を何人かあらかじめ見つけておくことは、夫婦どちらの家族も近くに住んでいないこの状況ではリスク管理のために必要なことでもあるので、この機会にまた数人をインタビューする予定です。

今日はバレンタイン・デー。アメリカではこの機会に夫婦でぜひお出かけ下さい、ということで子どもの預かりを行っている保育園などもあります。でも、バレンタイン・デーや誕生日、結婚記念日といった特別な日だけに限らず、一年を通じて、2人の関係に投資するお金や時間を確保することは、長い目で見てもとても大切なことだと感じます。オバマ大統領も先日の一般教書演説で strong marriage について言及していました。夫婦の関係を良好に保とうと努力することは、子どもにもよい影響があるはずです。

トランジション・キンダー・プログラム2年目

カリフォルニア州で小学校への就学年齢を一定にするため、2012年の9月から年齢の区切りの日にちが一ヶ月ずつ早まっています。2012年9月から始まった現在の学年では、昨年まで12月だった区切りの日が11月1日になり、この日までに5歳になっている子どもが、公立学校の最初の学年であるキンダーに入学できることになりました。

2013年9月から始まる学年ではこの日にちが10月1日になり、2014年には9月1日になります。2014年からは、9月1日までに5歳になった子どもがキンダーに入学することになり、今までのように親の判断で「秋生まれだから入学を一年遅らせる」ということは出来なくなります。

トランジション・キンダー・プログラムは、この秋生まれの子供たちを集めて行われる公教育として始まった学年です。我が家の次男はこの新しいプログラムを体験する最初のグループとなりました。ハワイでは小学校のキンダーにいましたが、10月末にサンディエゴに帰ってきてからはこちらのトランジション・キンダー・プログラムに通っています。プログラムの内容は、キンダーでやるようなことをよりゆっくりのペースで行うという感じです。11月から1月まで約3ヶ月間学校に通わせていますが、「キンダーに入ったとしても勉強面ではついていけたと思うけど、このクラスがあってよかったな」と思っています。クラスの子どもたちはほとんどが11月生まれ。今では全員が5歳になっていますが、みんな仲がよく兄弟姉妹のような雰囲気です。英語ではemotional readiness と言いますが、次男に関しては精神面での成熟度から言って、今年の秋にキンダーに入るのでちょうどよかったという感じです。

現在進行中のトランジション・キンダー・プログラムは、San Diego Unified School Districtの教育区においては、初年度ということもあり全ての学校ではなく限られた学校のみで行われました。先日、2013年9月から始まる学年では、全ての小学校でこのプログラムがオファーされる予定だという内容のお手紙を次男の通う学校の先生からいただきました。教育区の担当者に確認してみたところ、その予定だけれど、学校によってはスペースの問題があり現在調整中とのことでした。最終的にどの学校でこのプログラムが行われるかはっきりしたら、こちらのウェブサイト上で新しい情報が掲載されると思われます。

San Diego Unified School Districtの教育区においては、住所で決められている学校(neighborhood school)以外のところに子どもを通わせたい場合は、Choiceという手続きをする必要があります。この申し込みの締め切りは2月15日。昨年の経験からすると、その学校でトランジション・キンダーのプログラムが行われるかどうか不明の場合でも、希望する学校に優先順位をつけて申し込むことをお薦めします。サンディエゴの他の学校教育区でも同様の動きがあるものと思われますので、各教育区のウェブサイトで手続きを確認してください。

子どもにお金をかけると何が起こるか

先日こちらの記事で、マンハッタン在住のカップルが「お金がかかりすぎる」として子どもを持たない選択をしたというコラムについてご紹介しました。このカップルの場合、二人の間で合意があるようなのでその点はラッキーでしょう。もし二人の間で「子どもにいくらくらいお金をかけるべきか」ということについて意見が大きく違っている場合には、子どもを育てる過程において、ことあるごとに衝突するようなことになりかねません。毎日の食卓に乗る野菜や果物はオーガニックなのかそうでないのかという比較的小さな決断から、クリスマスや誕生日のプレゼントにかける金額の多少や、毎年めぐってくる誕生日に大勢のゲストを招いたパーティをするかどうか、習い事をさせたり塾に行かせるかどうか、学校は公立か私立か、またアメリカの場合には大学進学のための学費を援助するのかどうかということまで・・・・子どもとお金にまつわる決断には枚挙に遑がありません。

先日の記事を読んでもうひとつ私が感じたこととしては、もしこのカップルが希望する金額を用意できるという結論に達して子どもをもち、実際にそれだけのお金をかけて子どもに“the very best”を与えたという確信を(親自身が)持ったとしたら、それは子どもにどんな影響を与えるのか?ということでした。一般的に言って、日本でもアメリカでも、やはり教育にお金をかけられる状況にある家庭出身の子どもは、社会に出たときに成功するチャンスをそうでない子どもよりも持っていると言えると思います。もちろん「よりよい機会を与えられること」は、その子どもの将来を左右する要素のひとつに過ぎず、本人自身の才能や心構えや人生に何を求めるのかといった他の要素も絡んでくるので、実際に成功するかどうかは一概には言えませんが、親の立場からすれば「出来るだけのことはした」という満足感や達成感は得られるでしょう。

でも一方で、それだけの金額(この記事の場合は約1億5千万円)をかけたという事実が、親の子どもに対する期待感を増大させるという側面もあるような気がします。もちろんこれも親それぞれの考え方によるもので一般論で語るのは難しいのですが、「この子にはXXXまでさせたんだから(XXXに入るものは、私立学校に入れたとか、海外留学とか、XX歳からXXXを習わせたとか、何でもいいのですが)」という台詞で、親の描く「将来像」だったり「幸せの形」を子どもに押し付けるということも往々にして起こるのではないでしょうか。

私の両親は私に対して「XXまでしてあげたんだから」と思っているんだろうな・・・と感じさせる言動は一切したことがありませんし、実際にそう感じてはいないのだろうという気がします。でも人はお金をかけたものにはそれなりの期待感をもつという原則を思い出すとき、どこかでは「XXまでさせたのに」と思われていないだろうか、と自問自答することがあります。例えば「4歳からピアノを習わせたのに、今ではとんと触っている気配がない」とか・・・もちろん、少し考えてみればこれは私自身の自分に対するつっこみであることに思い至るのですが、このように「親が本当はこう思っているのでは?」と密かに感じている人は意外に多いのではないでしょうか。

アメリカで家族を持つ人は必読だと思う“Boundaries”という本によれば、親が子どものためにする様々なことは、真の意味のgiftであるべきで、そこに見返りが期待されているのはgiftとは言えず何か別のものであるのだそうです。一般的には、親は子どもに「幸せになってもらいたい」という気持ちで、少しでもハッピーな人生を送れる可能性を大きくしてやるために手を尽くすわけですが、問題は親の考える幸せと子どもの考えるそれとは違っている場合が多く、また多くの親はそれをすぐには受け入れることができないという側面だと思います。私も現在は3人の子どもの親になったので、習い事やなにやかやのお金を払いつつ、子どもたちが将来の道を選ぶような年齢になったときに、今までかけたさまざまなリソースのトータル金額が脳裏をよぎることなく、冷静に「それは私の考える幸せとは違うけど、あなたの人生だから幸運を祈る」と素直に思えればいいのだけど・・・と祈るのみです。

そして冒頭の記事に出てくるこのカップル。この記事を見て眉をひそめた人たちの多くは「一億5千万円もかけなくても子どもはちゃんと育つから大丈夫」と感じたようですが、「もしそれだけのお金をかけられる状況にあったとしても、そうすることが親子にとって最良の道とは限らない」という側面からの異論はあったのだろうか、と気になりました。

2013年が始まりました

出産、ハワイ短期移住、そして引越しと、変化の多かった2012年が終わり、新しい年が明けて一週間が経ちました。新居で迎えた2013年の最初の一週間。新しい家であらたに必要になった家具をそろえるなどの「生活立ち上げ」もひと段落し、日常生活が戻ってきたような気がします。
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去年までと今年の大きな違いは、家の中に「私だけのスペース」が出来たこと。今までの家では家族の食卓であるダイニングテーブル(あるいは寝室のベッドの上)だけが唯一仕事が出来る場所だったので、これは大きな変化だと感じています。イギリス人作家ヴァージニア・ウルフがその評論”A Room of One’s Own”(「自分だけの部屋」)で主張しているように、物を書くことを目指す人、あるいはそれを人生の中で大事にしたい人には、自分だけのスペース、そして机があることはやはりこんなにも大事なのだ・・と実感しています。ブログ書きやスカイプでのコーチング、そして部屋の片隅で瞑想もできるようなこの空間を、これからもっと使い心地やすくしていくことがとても楽しみです。この短い間にも既に感じているように、仕事にもポジティブな影響があるでしょう。
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プライベートでは、夫と出会うきっかけになったスウィングダンスを再開しよう・・と話しています。6年前に長男が生まれてから、やはりそれまでのように気軽に踊りに出かけることが少なくなりましたが、私たちにとってダンスはコミュニケーションを円滑にするための手段のひとつでもあるので、今年はこちらも優先順位を上げていくことにしました。また、今年は長男が日本の学年で小学一年生になるため、夏休みに一家で少し長い期間日本に滞在し、私が通った小学校で体験入学をさせる予定にしています。初めての体験になるこの数週間は、間違いなく2013年のハイライトのひとつになることでしょう。出産という不安もあった去年の年始よりは、少しだけ期待感の多い年明けとなりました。今年も一日、一日を丁寧に生きたいと思っています。

家族を作るのは血ではなく愛

“Blood doesn’t make a family. Love does.” これは、先日見ていたアメリカのテレビドラマで、主人公の一人が言った台詞です。赤ちゃんの頃、養子として自分を迎えてくれた両親に育てられたという設定のこの男性は、自分の息子に「自分を生んだ人のことを知りたくないの?」と聞かれました。「それは興味がないわけではないけど・・」と前置きした上で、「自分を育ててくれた両親は、自分が彼らにとってこの世で一番大切な存在だと思わせてくれた。自分にとっての本当の両親は彼らだと思っている」。そして続けて「家族を作るのは血のつながりではなく愛情だよ」

アメリカでは養子として育てられる子どもたちもたくさんいます。また、近年のように離婚・再婚が一般的になると、「家族」といっても血のつながりのある関係ばかりではありません。日本でも「生みの親より育ての親」という言葉があるように、直接の血のつながりがないとしても、深い愛情が基盤となっている親子もいるでしょう。

また、アメリカに10年ほど暮らしてきて、子どもたちが小さい頃からベビーシッターをしてくれたある女性は、私たち家族のことを“You are my family” と言ってくれますし、私も、大学院留学時代に一緒に暮らしたアメリカ人の友達とは、住む場所は離れているものの家族のような存在だと感じています。お互いに人間としての不完全さを受け入れたもの同士、それでも一緒にいると楽しい時間が過ごせるし、相手やその家族に何かあればできる限りのことはしたいと思える相手。そもそも結婚とは何の血のつながりもない他人と家族になる選択をすることです。自分を育ててくれた家族から、今度は自分で選んで作っていく家族。また、結婚してもしなくても、あるいは子どもがいてもいなくても、親でも配偶者でも自分の子どもでもない、第3の家族のような人間関係を自分のまわりに作っていくことが、真の意味での豊かな人生を送る秘訣ではないかな・・・と感じます。

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