「私とXXと、どっちが大事なの!?」

国際結婚の難しさというと、言葉や文化の違いが真っ先に思い浮かびます。ただ、私は著書「国際結婚一年生」でも書いたように、自分自身のクローンと結婚するのでない限り、相手が外国人でも同じ国の人でもそれは「異文化体験」だと考えています。国際結婚の場合はその「相手との違い」がより顕著で、わかりやすいというだけです。それに「この人がどんな人か、大体わかった」と思ったとしても、人間は時間とともに変わっていくもの。我が家も今年で結婚10周年になりましたが、いまだに「この人はこんな考え方をするのか」と驚かされることもあったりして、「違う人間同士が完全に理解しあう」ということはありえないのではとも感じます。

例えばカップルで喧嘩の種になりやすいことのひとつに「趣味(あるいは興味)」というものがあります。要は相手の趣味(興味)に自分は興味がない。興味がないだけでなく、相手の趣味が嫌いだった場合、そのために何度も話し合いをすることになるかもしれません。もしその趣味が極端にお金がかかったり時間をとられたりするものであればなおさらです。我が家の場合、二人の興味が分かれるところといえば、夫のアニメやSF好き+アプリ開発好き、スポーツだったらテニスをすること。そして私は自己啓発系の本やブログが好きで、パーソナル・ディベロップメントのコースに週末に出ること、そしてヨガや瞑想を習うことなど。でも今あげた事項の中で、結婚前にお互いにわかっていたことは夫のアニメやSFが好きということだけでした。その他のことはすべて、結婚後にした私たちが経験したさまざまなことによって湧いてきた興味、あるいは新たに始めた趣味だと言えます。

パートナーが何かに没頭して(しすぎて)、カップル間に亀裂が入るということもあるでしょう。そんなとき「私とXXとどっちが大事なの!」と選択を迫るような態度をとる人がいますが、長い目で見ればこのような態度はパートナーとの間を親密にする役にはあまりたちません(逆効果になることは多々あります)。そのときは相手は「反省」するかもしれないし「君だってXXにたくさんお金(時間)を使っているじゃないか」と逆ギレされるかもしれない。私自身、夫が最近はまっているライトノベルを暇さえあればスマートフォンで読んでいる姿を見るにつけ思わず何か言いたくなることがあるのですが、そこでいつも思い出すことがあります。よしもとばななの「キッチン」の続編に出てくる場面で、田辺という主役の一人の男性にふられたという女性が「田辺くんは女の子を万年筆とかと同じようにしか気に入ることができないのよ」と言い、それに対して主役の女性がつぶやくくだりです。いわく「私は雄一に恋してないので、よくわかる。彼にとっての万年筆と彼女にとってと、全然質や重みが違ったのだ。世の中には万年筆を死ぬほど愛している人だっているかもしれない。そこが、とっても悲しい。恋さえしてなければ、わかることなのだ。」

これを思い出すと、少し冷静になることができます。自分が特に興味のないことだからといって、あるいは相手の趣味が自分に注意を向けてくれない原因のように思えたとしても(多くの場合これが本当の原因であることはないのですが)、だからといって相手の趣味や興味を否定することは何も生み出しません。本当にその何かに意味を見出してこだわりをもっている人にしてみれば、それを否定されれば「相手は自分をわかってくれていない(信じていない、愛していない)」と思いたくなることでしょう。また、相手が何かを大事にすることが、自分を大事にしていないことになるという考え方は英語ではscarcity mentalityといいます。何かが「限られている(少ししかない)」という考え方です。この場合、相手が与えることのできる愛情は限られているという考え方に基づいて、趣味を大事にしている=自分を大事にしていないと思ってしまいがちになるのですが、これもすぐさまイコールではありません。

じゃあ相手の趣味を好きにならなければいけないのか?と言われれば、私はそんなことはないと考えています。前述のように、結婚前に相手についてすべてのことを知ったり理解したりするのは不可能ですし、自分も相手も結婚した後にどのように人間として成長し変わっていくかわかりません。ひとつ言えるとすれば「この人が選ぶ趣味(興味)なら、自分には興味が持てないことだとしても、まあ許容できるだろう」と思える人を選ぶということではないでしょうか。未来が予測出来ない中でむしろ大事なのは、趣味のために家計を破綻するほどお金を使ったり、家族をほったらかしにしてしまう人にはならないだろうという信頼感のような気がします。

先日こんな話をネットで見かけました。日本の梅雨で足が濡れるのが何より嫌という、靴をそれこそ死ぬほど愛している女性がいて、アメリカで乾いた気候の土地に限定して婚活を行い、パートナーを見つけたそうです。この記事の執筆者は「産まれたばかりの赤ちゃんを抱いた彼女から、ジミー・チュウやマノロ・ブラニクなどゴージャスな靴で埋め尽くされた天井までのシューズクローゼットを幸せそうに見せられた時は、こんな婚活もあるのかとびっくりした」と書いていました。「そんな物質主義的な」という声もあるかもしれませんが、個人的には結婚相手に求めることとがとても具体的で、自分がどうしたらハッピーになれるかを知っている人がとった選択だという気がします。これこそ自分の興味をトコトン追求するため、それを理解しサポートしてくれる人であることに優先順位を置いてパートナーを見つけたという例ではないでしょうか。たかが趣味、されど趣味。婚活中の方は、相手の現時点での年収を気にすることも大事でしょうが、その相手が結婚後どのように変わったとしても、まあほぼ大丈夫だろうという信頼感を持てるかどうかという点も考えてみるといいかもしれません。

「深い思いやり」と「境界線」は対立する?

“Compassion”は日本語では「深い思いやり」「憐れみ」そして「共感共苦」などと訳されるようです。Compassion、つまり他人の苦しみに対して理解を示したり思いやりをもったりすること。この言葉と対比する考え方として引き合いに出されるのが“Boundary”という言葉です。文字通りでは「境界線」という意味ですが、人間関係においては「ここからここまではOK。ここから先は遠慮してもらいたい」という区切りのことを指します。

前回の記事で書いたペマ・チョドロンの本の中で、このcompassionとboundaryについて質問をした人がいました。彼女の説いている呼吸法や瞑想法では、他人(そして自分)の苦しみを少しでも理解し、心を開き続けることが目的のように言われていますが、そのこととboundaryはどういう関係にあるのか?具体的には、例えば自分を傷つける相手に対して、「傷つけられずにはいられないその人の苦しみ」に対してどこまで理解を示すべきなのか?自分のboundaryを侵されても理解を示すことを求められているのか?という趣旨です。

これに対して彼女はこう言っていました。「確かにそれは難しい問題です。そういった状況に置かれたときに自分のboundaryを尊重して、イエスかノーかをはっきりと言えるようになるには、この呼吸法以外のツールも必要になることでしょう」。ただ、と彼女は続けてあるエピソードを紹介しました。複雑な家庭環境で育ったある女性はずっと父親に殴られて育ってきました。大人になって男性と交際するようになってからも、どういうわけか自分を殴るような人ばかりを選んでしまいます。あるときに彼女と出会ったソーシャルワーカーが彼女のことを心から心配し、親身になって世話をした結果、そのとき交際していた男性と別れる決意を彼女にさせて別の町に引越しをさせ、ゼロからまた新しい生活を始める手伝いをしました。「そのとき、その暴力を受けていた女性は自分のboundaryを意識し、自分はその場から離れなければならないと決意したのです」とペマ・チョドロンは説明します。「でも、新しい町に行って一ヶ月もたたないうちに、また同じような相手との交際を始めてしまいました」。

つまり、物理的にその好ましくない場所から去ったり、人間関係を断ち切る形でboundaryを引いたと思っても、自らの内面と対峙して時には闇の部分に光を当てるというワークを同時に行っていかない限り、本質的には同じ問題が形を変えて何度でも起こることがある・・・・ということです。家庭内暴力の被害者には、加害者の行為に対する責任はありません。被害を受けている人の多くは、加害者と意味のある形でコミュニケーションをとる術をもたないばかりか、自分自身とも対話できないところまで追い込まれてしまっているでしょう。彼女はこう結んでいました。“You have to start where you are right now. There is no “later”. You have to learn how to relate to your messy areas of your life in a very compassionate way.”

自分の気持ちとも向き合えないほどに機能不全に陥った関係にある場合は、そこから物理的に離れることも必要です。ただ、そうしながらも、自分自身の気持ちに深い思いやりを持ってオープンでい続ける実践を重ねていくことが大事・・・ということでした。そしてboundaryを引くのにもcompassionを持ったやり方というのがあるはずです。このふたつは「あちらを立てればこちらが立たず」という相対する概念なのではなく、どちらも自分自身と、そして他人と親密な関係を無理なく築くためには必要なことなのでしょう。

絶食系男子となでしこ姫

ハワイ行きの飛行機の中で、「絶食系男子となでしこ姫  – 国際結婚の現在・過去・未来」(山田昌弘・開内文乃著)という本を読みました。著者の一人、山田昌弘教授はあの「婚活」や「パラサイトシングル」という言葉を生み出した人で、本書では、キャリア志向で海外へ飛び出し、その結果アジアの男性と結婚する女性が増加しているという現象をもとに、日本人の結婚が減少している「結婚難」という状況を解読しています。

山田教授に草食系を通り越して「絶食系」と称されてしまった人とは、「そもそも異性との交際を諦めている、または女性との交際が面倒くさいと言って恋愛欲求すらもたない男性」のこと。その背景には、若者の雇用をめぐる状況や、女性側の「結婚によって生まれ変わりたい」という「上昇婚志向」があると指摘されています。「上昇婚」とは、文化的あるいは経済的に、結婚前よりも良くなるという意味で、例えば日本人女性が欧米系男性と結婚すれば「文化的に上昇」、また国籍・人種は問わず自分よりも収入の高い人と結婚すれば「経済的に上昇」ということを指しています。要は、その人と結婚することで一段高いレベルに引き上げてくれるような相手がいいのだけれど、現状はそれだけの収入がある独身男性が減少しており、女性にとっては魅力的な相手がなかなか見つからないという現状、つまり国内での「上昇婚」が限界に達してきた結果、国際結婚がそこにあるニーズを満たす役割を担うようになってきた・・・という趣旨です。

この記事を書くにあたってレビューをいくつか読んでいたら「それでは日本人男性はどうすればいいのだ」というつぶやきがありました。この本の後半には「好きといってくれる相手と結婚したい」というキャリア志向の女性の言葉があり、彼女は「年収や学歴が自分より下でも、好きといってくれる相手がいればすでに結婚していたと思う」と言っています。つまり、男性としてみれば、自らの年収や学歴がそれほどではない(あるいは意中の女性よりも低い)としても、挽回のチャンスは大いにあるわけです。ただその一言を言ってくれる日本人男性がいないために「もう国際結婚しかないのでは」と語る声が載せられていました。

この部分を読んで、結婚願望がありながら結婚相手が見つからない人は、結婚したいという思いは純粋でも、それがどのような形で起こるべきかということに対するこだわりが強すぎるのでは、という気がしました。その強い思い込みは、相手に求める条件だったり、出会い方だったり、さまざまな面に及んでいます。男女ともにあると思われる「男性からアプローチすべき」という考え方についても同じことが言えるのではないでしょうか。また男性の「自分の収入や学歴は好きな相手とは釣り合わない、拒絶されたら恥ずかしい」という思いにしても然りです。プライドが障害となって、人生のパートナーとなり得るかもしれないチャンスを逃すのは本当にもったないことです。

実際に国際結婚をしている一人ひとりの言葉を聞けば、多くの人はその相手の人間性に惹かれて人生のパートナーを選んでいます。また、「上昇婚」という観点からは理想的なパートナーであるはずの欧米系の人、あるいはお金持ちの人と結婚したとしても、赤の他人と一緒に生活していくことの難しさはどのカップルでも経験することですし、世に言われる上昇婚をすれば間違いなく末永くハッピーになれるというほど単純なものでもないでしょう。本書で扱っているのはあくまで「結婚まで」の期間であり、結婚してから後のことには触れられていませんが、国際結婚をしたカップルはみな、言語や文化の違いなど、国際結婚特有のチャレンジも交えて試行錯誤を繰り返しながら、パートナーシップを築いています。また現在は日本であれアメリカであれ、「安定した雇用」と思われたものがいつなくなるかわからないのも事実。そのような人生の浮き沈みを含め、何が起こっても一緒に乗り超えられる(そのための努力を一緒にできる)と確信できる相手を見つけた人が、幸せな結婚生活を手にしているのではないでしょうか。

本を読みながらひとつ感じたこととしては、国際結婚だと、結婚する相手の属性によって「XXだから結婚したのね」(例えば、相手がXX人だから、お金持ちだから、エリートだから・・)と周囲から色眼鏡で見られる可能性が、日本人同士の結婚に比べてやや高いかもしれないということです。そういった好奇の、あるいは”judgmental”な目にさらされることまで含めて、国際結婚をしようと思う人は “This is my choice. I choose him to be my partner” と言い切り、自信を持って生きる覚悟が必要でしょう。見ず知らずの他人に何と思われようがかまわないし、本当に自分のことを考え、愛してくれている家族や友人であれば、いつかは自分の選択を応援してくれるはずという強い気持ちをもって、日々の幸せを享受して過ごすことにエネルギーを注ぐことができる人こそ、国際結婚に向いていると言えそうな気がします。

The Japan Times for Women: 世界を見つめる女性の生き方

去年の11月ごろにお話をいただいて執筆した「国際結婚」に関する記事が、こちらのThe Japan Times for Women: 世界を見つめる女性の生き方 に掲載されました。日本では1月27日に全国の書店で発売になる予定です。

このムック本(大型本)は、海外経験や優れた語学力をもつキャリア志向の女性を読者に想定し、「世界を舞台に輝きたい新世代大和撫子のための知的向上キャリアマガジン」というコンセプトで作られました。

本の目次は下記のようになっています。

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【目次】

巻頭特集: Global Beautyインタビュー
・知花くらら(モデル・タレント)
・佐々木かをり(株式会社イー・ウーマン代表取締役社長)

特集1: 「グローバル・ウーマン」をリアルレポート!
海外や国内外資系企業で活躍している8名の女性をレポート。仕事内容や人生の転機、海外での経験などを熱く語る。

特集2: 大使公邸へ、ようこそ
憧れの大使夫人が公邸内を誌上案内。日常の公務ってどんな内容なの?女子力をアップする方法って何?など貴重な話題が満載。「お国料理レシピ」「おもてなしマナー」なども掲載。【紹介国】フィリピン、モロッコ、スウェーデン、コロンビア

海外で暮らすという選択
海外で暮らすためにはどんな準備と心構えが必要なの?国際恋愛・国際結婚カップルがホンネを語る。

みんなどうしてる? 語学力キープ
「せっかく留学したのに帰国したら語学力が落ちてしまいそう」。語学力キープのためのテクニックを紹介。監修:関谷英里子(通訳者)

資格試験スケジュール・申込締切一覧
語学系試験を中心に便利に使える見開き年間カレンダーを掲載。

社会人からの留学プランニング
「キャリアアップ」から「有給休暇などを利用した習いごと系ミニ留学」まで目的別に紹介。

Smart & CoolなE-mail術
『働く女性の英語術』著者、光藤京子氏による英文ビジネスメール講座。

海外メディアから見た日本
世界の中で日本はどう見られているの?「東日本大震災」「なでしこジャパン」「首相の変遷」について解説。

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「海外経験」「語学力」「キャリア志向」というキーワードに代表されるような女性は、国際結婚をする可能性も高いと思われます。国際結婚の実際のところは?ということを限られた紙面にまとめるのに苦労しましたが、編集を担当してくださった方とのコミュニケーションもスムーズにいき、楽しくお仕事をすることができました。書店でみかけましたら、ぜひお手にとってご覧ください。


夫婦、この不思議な関係

曽野綾子の「夫婦、この不思議な関係」を読みました。国際結婚成功コンサルタントとしてカップルのご相談を受ける私にとって、結婚そして夫婦についての著者の視点は大変興味深いものがありました。1931年生まれの著者が結婚した当時と現在の状況はだいぶ変わっているものの、「結婚とは」「夫婦とは」ということについて示唆に富むエッセー集ではないかと感じます。
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特に私自身の結婚生活を考えたとき「これは共通するものがある」と思ったのは、曽野綾子が表現するところの夫の「冷たさ」についてです。再三「夫は冷たい」という表現で描かれている夫の特性というのは、「彼は私に何ら『変われ』という期待をしていない」ということでした。妻に「もっと~だったらいいのに」とか「~をしてくれないと困る」というような期待を一切しないということ。私の夫もこの点は非常に似ています。よく言えば自立しており他人に自分を幸せにしてもらおうとは考えていない。でもこの「個人主義」は、裏を返せば自分が変わることで相手が幸せになるとは信じていないとも言えるのでしょうか。曽野綾子の父親は、彼女の母親に対して「変われ」という期待があったために、母親にとっては気の休まらない結婚生活が長らく続いたとのことでした(後年、彼女の両親は離婚を選択)。この両親の結婚生活について、曽野綾子は「父親は心が温かかったからこそ母親を躾けたいと思っていたようだ」という表現をしています。「心が温かいからこそ他人に期待をしてしまう」というのも一理あるのかとも思いますが、そもそもは赤の他人であるパートナーと共同生活を送るのであれば、心が温かろうが冷たかろうが、常に自分に対して「変われ、今のままのあなたではいけない」というメッセージを受け取り続けるよりは、そのままの自分を受け入れてくれる人のほうが穏やかな気持ちで毎日を楽しく過ごせるだろう・・・・と感じます。
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もちろん細かいことを言えば不平不満がまったくない夫婦関係なんていうものは存在しないのではと思いますが、結婚するまでの間に長い時間をかけて大人になってきている人間同士、根本の部分では「そのままを認め合う」ということがなければ、やはり楽しい毎日を送ることは難しくなるでしょう。自分がどの道を選択するにしても、結婚について思うところのある人は何らかのヒントを得られる本ではないでしょうか。

ハッピーでないことを伝えるべきか?

前回の記事に書いた「50/50」という映画で、癌の宣告を受けた主人公のガールフレンドが最初のうちは一生懸命彼の世話をしていたのに、あるとき浮気をしていることが発覚してしまう・・・という場面がありました。彼女はもう彼と一緒にいるのはつらすぎるから別れようという会話をする勇気がなくて、浮気という行動に出たのですが、このことについて夫に「彼女は浮気する前に彼に正直な気持ちを話すべきだったのでは?」と言ったことから、浮気をしていたら正直に言ってほしいか?という議論になりました。

例えば自分が死の床にあった場合、パートナーが昔浮気をした(あるいは現在している)という話を打ち明けてほしいだろうか?という夫からの問いかけに、まあ、明日死んでしまうなら知らないまま幸せな記憶を持って旅立ったほうがいいかもしれないな・・・とは思いました。ただ、逆に「自分が浮気という行動に走るほどその関係に問題があると思っていたら、知りたいとは思わないのか」と聞いてみたら、それは確かに、言ってほしいと思う、とも。

先日も「浮気と、相手の携帯電話を内緒で覗き見することはどちらが罪が重いか」というテーマの記事を書きましたが、どちらにも共通するのは「(始めのうちは)パートナーに隠れてその行動をとる」という点です。どちらの場合も自分の気持ちを打ち明けたり、相手に直接問いかけたりすることを避けています。それにはさまざまな理由があるでしょう。よく男性側からは「自分の気持ちを打ち明けると彼女が感情的になり取り乱す」という声を聞くこともあり、聞かされる方(この場合は女性側)の取り乱したくなる気持ちも理解できるのですが、それでも、パートナーには、その関係についてどう思っているのか打ち明けてほしいものではないか・・・と私は感じます。多くのカップルは結婚に何を期待しているのか、結婚をどんなものだととらえているかということについて特に話すことなく、後になって認識のズレに驚いているという状況があります。結婚前や結婚直後の、まだ「何でも話せるような関係」でいるうちに、その関係にもし不満をもっていたら、お互いにどうしてほしいかということについても話題にできるといいのではないでしょうか。そこまであらかじめ話しておくことは難しくても、「話の最中に、相手が(あるいはお互いに)感情的になる」という経験をしながらもコミュニケーションをあきらめず、たとえば時間をおいたり、別のアプローチをしたりという試行錯誤を繰り返してでも、やはりそれでもなんとか理解する努力をしたいと思える相手かどうか・・・結婚前の交際とはその見極めのためにあるのではないかと感じます。

日本語はいきのびるか

先日の記事でご紹介した「日本語が亡びるとき」の最終章で、著者の水村美苗は、学校教育で目指すべきところは「国民全員がバイリンガルになること」ではなく「国民の一部がバイリンガルになること」であると主張しています。「国民総バイリンガル社会」を追い求めることにより日本の言語状況はより悪くなるだけで、いいことはひとつもない、なぜなら、目指すべきなのは国民全員が「外国人に道を訊かれて英語で答えられる」程度の英語力があることではなく、「世界に向かって、一人の日本人として、英語で意味のある発言ができる人材」だから・・・と言うことです。

著者はさらに「教育とは最終的には時間とエネルギーの配分でしかない」「英語教育に時間とエネルギーをかければかけるほど、何かをおろそかにせねばならない」と主張し、国民全員が「英語が話せなければ」という強迫観念をもつことにより、日本語教育がおろそかになる(既になっている)という現状について危機感を募らせています。

アメリカ人の夫と国際結婚をし、現在のところアメリカで二人の息子に日本語と英語のバイリンガル教育を試みる立場の私にとって、この「英語か日本語か」という問題は、日本在住の日本人が考えるのとはまた異なる重みがあります。また、帰国子女でなく20代前半から本格的に英語を話し始めた私は「英語は決してやさしくはないけれども、大人になってからでも学ぶことできる言語」という認識をもっています。英語との比較において、やはり日本語は完璧にマスターするのはとても難しい言語ですし、敬語を含めた日本語が使いこなせることは日本文化を理解していることでもあります。この本と同時並行的に「日本語は生き延びるか」という本も読みましたが、やはり「日本人であることに自信がない人は外国語できちんと自己主張ができない」そして「語るべき内容がない人は日本語でもまともな話ができない」という一節が心に残りました。

現時点では子どもたちの母国語は英語になりつつあります。国際結婚の家庭において、両方の言語を同じ時期に同じくらい発達させるというのはバイリンガル教育の理想的な姿なのかもしれませんが、実際にやってみると、それほど簡単なことではありません。現時点では「やはり軸になる言葉は必要なのではないか?」と私は考えています。外国語の力は母国語の力を超えることはないのだとしたら、思考や発話において常に使用される、圧倒的に得意な言葉があることは自信につながりますし、そこから第2の言葉を学ぶ下地にもなるでしょう。ある程度大人になってから英語話者になった私は人様から英語を褒めていただくこともあるのですが、小学校から高校を卒業するまで一番の得意科目は現代文、古文、漢文、すべてを含めた国語一般だったことも考えると、言葉や言語そのものへの興味が基礎にあったことは確かなようです。また、日常会話レベルをマスターするためならともかく、語彙を増やしたり、書く力をつけたりするためには、その言語で読むことは必須なのですが、そもそも日本語で本を読むのが好きでなかったら、私にとって外国語である英語で何かを読みたいとは思わなかったでしょう。

日本語の危機を訴える2冊の本を読んで改めて感じたことは、子どもたちには可能な限り日本語でも英語でも本をたくさん読ませることが大切だということでした。私も小さいころには親にたくさん絵本を読んでもらったし、自分で本が読めるようになったら、「まだ読んでいない本」が常にまわりにあるような環境を作ってもらったという記憶があります。特に男の子は女の子に比べて脳のつくりから言語発達が遅い傾向があるので、「本がそこらじゅうにある」という環境を作ることはとても大切だそうです。この話を聞いてから、我が家では家の中でも本は一箇所に片付けず家のあちこちに積み上げておいたり、車の中にも本を置いておくようになりました。

5月に日本に行った際、書店でみかけた「日本人の知らない日本語」というコミック本が大変売れていることに、ある種の感銘を受けました。売れているのはコミック本だからという要素もあるでしょうが、内容に興味をもっている人が多いということでもあります。私も読んでみましたが、確かに知らないことがたくさん書かれていて、やはり日本語は奥が深いのだと実感しました。子どもたちが将来、日本語の美しさや貴重さに気がつき、世界の言語の中でも貴重で複雑な日本語を自分たちが操れることにプライドを見出せるようになるよう、そのための刺激を、日本人の親として与え続けていきたいという思いを新たにさせられました。

「国際結婚一年生」発売&日本への旅

私の初の書籍「国際結婚一年生」(主婦の友社)の発売を見届けるため、日本に一時帰国していました。発売日前日の木曜日の夕方に着き、金曜から翌週水曜まで、早朝から深夜まで色々な人と会い、友達と再会し、家族と時間を過ごし・・とても有意義な6日間でした。今年の3月にお会いして以来だった主婦の友社の藤岡編集長とも今後の打ち合わせなどをゆっくり行うことができました。

本は12月3日に発売になったのですが、その日以降、書店に入るときに「この本屋には置いてあるかな?」とドキドキしました。平積みや、棚で表紙が見えるような形での陳列(面陳というそうです)になっているところもあれば、1冊だけ背表紙を見せて棚においてあるところもありました。渋谷の「ブックファースト」(写真)では、ちょうど見に行った時に手にとってぱらぱらとめくっている人がいて、さらに緊張しました。また、置いてある場所も書店によって様々で、「コミックエッセー」「恋愛エッセー」などの形で、あの有名な「ダーリンは外国人」の周辺においてあるところもあれば、「法律」「社会学」「差別」「戸籍」「冠婚葬祭」など、書店ごとの判断で色々な場所に置かれているのがとても興味深かったです。今後もカリフォルニア州を初め、世界各国で大きな日系コミュニティのある都市の日本の書店や、日本人留学生の多い大学の書店などに置いてもらえるように活動していきます。

また、少しずつ感想もいただいています。最初にいただいた、文章による感想でとても嬉しかったのは、今回お会いした堀正岳さんという方のツイッターでのつぶやきでした(クリックすると別画面で大きく表示されます)。
ツイッターの字数制限の中で、「国際結婚」とは直接には関係がないと思われる堀さんにこのような読後感想をいただけたことは、私にとってとても意味がありました。堀さんはお父様のお仕事の関係で、人生の最初の18年間は日本とアメリカを数年ごとに往復するような生活だったそうです。国際結婚家庭のみならず、日本人同士の結婚の家庭でも、仕事の関係でそのような生活を送るご家族はたくさんいます。そういったご家庭で育つお子さんは、多かれ少なかれアイデンティティについて悩むこともあるでしょうし、慣れ親しんだ土地から別の土地に行くことについての葛藤やそこから得られる学びもあります。私の仕事もこういった状況にある個人やご家庭のサポートということを中心としています。

また、本書のイラストとコミックを担当してくださった山田うさこさんのブログにも、彼女のお友達で米軍基地に勤務されている方からの感想が掲載されています(こちらで読むことができます)。米軍勤務の人との結婚について、感情論でない客観的な事項を書いた書物はほとんどなかったような状況でしたが、横須賀基地でカウンセラーをされている方にもお話をすることができ、これからアメリカ軍の方と結婚しようとされている日本人女性に紹介していただけるというお言葉もいただきました。

帰国中に参加した、パーソナルブランディングの専門家、加藤一郎さんの主催する「天動説ディスカッションセミナー」という勉強会で、図らずも本の紹介をする機会をいただきました。

また、今「Facebookをビジネスに使う本」という本がとても話題になっており、先日はついにNHKニュースにも出演された、ソーシャルメディア研究所の代表、熊坂仁美さんともお会いすることができました。加藤一郎さんにしろ、熊坂仁美さんにしろ、セミナーをされている時に体中から発せられているエネルギーがとてもパワフル!とにかく「私はこのテーマに本当に夢中なんですよ!」という情熱が感じられ、参加者をひきこむ力に溢れていました。ソーシャル・メディアという分野で日本でとても輝いている人たちと直接お会いできたことも、今回の大きな収穫でした。

「国際結婚一年生」をお読み頂いた方は、是非ブログやFacebook、ツイッター、Mixiなどで感想やレビューをお書きいただけると幸いです。アマゾンのレビューも大歓迎です。

「国際結婚一年生」がついに発売!

今年の1月、ビジョン・ボードのイベントに参加した時の思いつきから始まった「本を出版する」というゴールに到達しました。12月3日に、私の初の書籍「国際結婚一年生」(主婦の友社)が発売になります。単身で一時帰国するため、まだ完成された本は見ていないのですが、両親の元には既に届いています。

この本は、「これから国際結婚を考えている人が読んで役に立つ」内容になっています。日本人同士との結婚とは異なる点や、国際結婚ならではの良い点・トラブルになりやすい点、事前にこれだけは話し合っておいたほうがよい点などをまとめています。国際結婚経験者からの貴重な経験談やアドバイスもたくさん入っています。国際結婚を前に親に反対されている人や、「これでいいのだろうか」とマリッジ・ブルーに陥っている人にも参考になる内容です。「国際結婚をするならまずこの本を」というバイブル的な本になることを願っています。

山田うさこさんが表紙絵のイラストと各章のはじめの部分のコミックを描いてくださいました。表紙の色も黄色で、Facebook上でもまた書店でも目立つ生える色です。アマゾンなどのネットで予約注文もできます。また、メディア用のプレス・リリースこちらからダウンロードできます。是非、ネットや全国の書店でチェックしてみてください。

国際結婚カップルのインタビュー“Maho & Greg”

私の初の書籍「国際結婚一年生」の発売日が迫ってきました。日本では12月3日に全国の書店に並ぶ予定です。普段、国際結婚のトピックは主に「国際結婚を考えた時に読むブログ」の方に書いていますが、今後はこちらのブログにも長めのインタビューなどを載せて行く予定です。

今日はその第一弾として、先日サンディエゴで仲良くしている三村ご夫妻のお家で集まった時に撮ったインタビューを掲載します。ビデオに出ているグレッグさんはオバマ大統領にとてもよく似ているのがわかるでしょうか。実際に会うとますます似ています。奥様の真帆さんと二人で、水を使わない洗車のビジネスをしています。グレッグさんはとても穏やかな物腰のジェントルマン、真帆さんもいつも元気で明るく、一緒にいて気持ちのよい人です。

一番のチャレンジは?とお聞きしたところ、真帆さんは「親に反対されたこと」、グレッグさんは「言葉の問題」を挙げていました。この二つは、国際結婚の本を書くインタビューの際にも頻繁に「難しかったこと」として挙がってきました。本では、これ以外にも「国際結婚の際にトラブルになりやすい事項」を網羅しています。これから国際結婚をされる方の参考になれば・・と願っています。

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