カウチ・サーフィンで旅をしよう

英語で“Couch Surfing”という言葉があります。ウィキペディアの日本語版にもこちらの説明があるように、宿泊先を探している旅人と、場所を提供してもよいと思う人を結びつけるコミュニティのことです。この仕組みを利用して旅をする人のことをCouch Surferとも言ったりします。2年前から参加しているWorld Domination Summit(世界征服サミット)には、主催者のクリスも顔負けの旅人たちが多く集まりました。初年度に日本からサミットに参加したこの友人もこのカウチ・サーフィンで宿を確保していたようです。

実は今、我が家にもカウチ・サーファーが滞在中です。去年の世界征服サミットをきっかけに、サンディエゴから世界征服サミットに参加した人たちのネットワークができ、Facebook上で交流したり、たまにミートアップで集まったりしていました。先週木曜日にそのFacebookのコミュニティのページに「またサンディエゴに帰ってきます。もし数日間滞在できる場所があれば是非教えて下さい」との書き込みがあり、投稿者はサミットの場を含めて実際に何回か会ったことのある信頼できる友人の友達だったので、夫と相談の上「もしよかったらうちにどうぞ」とFacebook上で返事。数時間後に「ぜひよろしく」という返事があり、詳細を連絡しました。

土曜日の深夜にやってきた彼はここ2年くらいアメリカ中を旅して回り、定住所を持たないノマド生活をしていることが判明しました。サンディエゴに来る前は6週間ほどハワイにいたとのこと。旅行をしながらも健康的な生活を送るというゴールを追及する彼のウェブサイト、Nonstop Awesomenessこちらです。事前に聞いていたとおり、さっそく翌日には得意の料理の腕をふるってくれました。一言でいうと「好青年」で、滞在場所を提供している私たちにことあるごとに感謝の意を示してくれるだけでなく、ハワイから来る直前に購入したというウクレレを弾いてくれたり、ノマド生活の長短について率直なところを話してくれたり、今年の世界征服サミットに向けての抱負を語り合ったり、私たちにとっても日常生活とはちょっと違う刺激をもらう数日間になりました。おそらく留学生をホームステイさせるというのも似たような感覚なのでしょう。数日後にはまた次の土地(今回はロサンゼルス)に向かう予定だという彼は、食に関する番組を作成するというプロジェクトを行っているそうです。

カウチ・サーフィンをする際には、ネットでのどんな出会いにもあてはまる注意はやはり必要でしょう。初心者はまず(今回の私たちのように)周囲の知人・友人の紹介だったり、共通の趣味やなんらかのつながりがある人からホストしたり、してもらったりする方法もあります。またソーシャル・メディアや、本人が実名で行っているブログなどのウェブ・プレゼンスを確認して、信頼できそうかどうかを判断することもできるでしょう。友人同士やカップルでカウチ・サーフィンをする人々もいるそうです。もし自分が「カウチ・サーフィンで宿を確保したいな」と思っている場合は「どうしたら信頼してもらえるのか?(自分だったらどんな人なら信頼できるか?)」という点から考えてみると、何をすべきかおのずと見えてくるのではないでしょうか。

渡米10周年

私は10年前の今日、11月14日にアメリカに移住しました。2002年の5月に婚姻届を出し渡米の手続きを開始し、夏ごろに移民ビザを取得。当時勤務していた国連機関に退職の申し出をし、後任の選出に関わり、引継ぎをし・・・としている間に季節も変わり、いつのまにか11月になっていました。ロサンゼルス空港に到着後、予定通りイミグレーションのところで別室に案内され、手続きをすませてパスポートに暫定グリーンカードのスタンプを押してもらったときはほっとしたものです。それからシャトルバスでサンディエゴに向かい、オールドタウンのトロリーの駅で夫がバラの花束を持って待っていました。その足で向かった近所のメキシコ料理のレストランから日本の家族に「着いた」と公衆電話から(!)電話をしながら、ああ、本当にアメリカに来たんだ・・・という実感が湧いてきました。

そのときの私に、10年後には国際結婚や子育てのサポートをする仕事をしている、とか、3人の男の子の母親になっていると聞かされても、そんなことあり得ないと思っていたことでしょう。実際、その当時は子どもが欲しいかどうかさえ定かではなかったのです。特に子ども好きというわけでもなかったし、夫の「ぜひ子育てを体験したい」という強い希望がなければ、別に二人で楽しく暮らせばいいじゃない・・・と思っていた可能性も大いにありました。また仕事にしても、国連は(傍から見れば)あっさり辞めたものの、国際協力の仕事には未練がありました。そのため、サンディエゴに引っ越したあとも、国連時代の友人のつてでJICAのコンサルタントとして雇われ、8ヶ月ほどの間にベトナムに5往復して現地でしばらく暮らしたり、サンディエゴの非営利団体の中でも国際協力を行っている団体を中心に職探しをしたりしました。実際には国際協力の仕事は見つからず、家庭内暴力を防止する活動をする団体で勤務を開始しました。

その仕事のあと、進路に迷ってコーチングを受けた結果、サンディエゴの日本語補習学校での事務局長の職に就き、翌年には長男が生まれました。長男が生まれてからの6年間は、それまでの4年間と比べても時間の流れが加速したような印象があります。フルタイムの仕事、次男の誕生、その合間に模索し始めた新たな働き方、生き方・・・ソーシャル・メディアがそれまでよりもさらに一般的になり、私がこのブログを始めたのは2009年のことです。2010年には本を出版し、それまでに行っていた親子コミュニケーションコースの講師に加え、国際結婚成功コンサルタントとしての仕事も始めました。そして2012年。三男が無事誕生したのは2月のことでした。夏にはハワイに一家で引越し。贈り物のような数ヶ月のハワイ生活を経てサンディエゴに帰ってきたあと、これまで10年近く住んだところから引越しをすることにしました。

“Change is constant”. ありとあらゆる物事は常に変化し続けます。10年後にはどこで暮らしているのか。子どもたちは、夫は、私は何をしているのか。区切りの年に振り返ることを楽しみに、また頑張ろう・・・と思う渡米記念日なのでした。

オバマ大統領・再選の勝利演説

“I have always believed that hope is that stubborn thing inside us that insists, despite all the evidence to the contrary, that something better awaits us so long as we have the courage to keep reaching, to keep working, to keep fighting.”

きのう行われたアメリカ大統領選挙の結果、オバマ大統領がこれから4年間続投することになりました。再選が確定した後、かなり時間が経ってから支持者が待つ会場に姿を現したオバマ大統領は、勝利演説で会場を埋め尽くした聴衆に、そしてテレビやネットを通じて見ているであろう人々に、これからのアメリカという国のビジョンについて語りかけました。

状況から考えればあきらめたくなるような場面でも、勇気を持ってトライし続け、頑張り続ければ、今よりもよい未来が待っていると頑固に信じること、それが希望だ・・・・

4年前には“Yes, We Can”というキャッチフレーズで大統領に選ばれ、勝利演説では「変化」について語りました。アメリカは変わる、と。それから4年後。「超能力がなくても再選できるか?」というこちらの記事にも書いたように、4年前と何も変わっていないと批判され、失望して支持をやめた人々も大勢います。大統領として国を率いてきた苦しい4年間があるからこそ、きのうのスピーチの言葉ひとつひとつはより重みを増していました。

私は日本人ですが、子どもたちはアメリカ生まれのアメリカ育ち。10年以上アメリカに住み、私の価値観からするとこの国の好ましくないところや病んでいる部分も見えてきています。サンディエゴに帰ってきて次男が通い始めた学校では、毎朝全校朝礼があり、そこで「星条旗への誓い」、そして“アメリカ・ザ・ビューティフル”の一番を歌うということが行われています。まだ誓いの言葉の意味も全てわからないうちからこうやって愛国心を教えていくのだなぁと思うと、小さな手を胸にあてて誓いを暗唱する子どもたちを見ながら、複雑な心境になることもありますが、ありとあらゆる人種が共存し、移民で成り立っている国だからこそ、国をまとめる方法のひとつがこの忠誠の誓い、そして勝利演説のように人々をひきつける言葉の力なのでしょう。

以前から、その演説には定評のあったオバマ大統領ですが、昨夜の演説は今までのどのスピーチよりも魂がこもっていて、それだけより心に響いたような気がします。オバマ大統領は“I ask you to sustain the hope”と語りかけます。投票すれば国民の仕事が終わりなのではない、と。演説をライブで見ながら、(超能力のない)「普通の人」であるオバマ大統領が再選したことをやはり嬉しく感じ、彼にあと4年のチャンスを与えたアメリカという国に感謝したい気持ちになりました。

サンディエゴに帰ります

楽しかったハワイ滞在も残すところあと1週間となりました。この短い間に、長男は泳げるようになり、また最初は大変だ~と言っていた毎日の宿題をこなすスピードも速くなり、新しいこととしてはアートのクラスに通い始めました。また次男も晴れて小学生となり、クラスでも仲の良いお友達を作っています。三男もこちらに来て離乳食が始まり、匍匐前進を始め・・・・まだお座りが完全にできないので、赤ちゃんっぽさが残っていますが、顔つきもしっかりしてきて、もう少しでベビーサインも始めそうな勢いです。こちらの記事にも書いたように、サンディエゴからハワイに来ることを決めたときには心配な面もありましたが、蓋を開けてみれば「本当に来てよかった」と思える数ヶ月になりました。

帰ることが決まってから、まず行ったことはやはりサンディエゴの学校に電話をすることでした。長男がもといた学校では、今年は1年生がかなり多く、電話をした時点で「1席しか残っていない」。長男は去年、学区を越えた選択の結果その学校に通ったので、サンディエゴに戻るまでその席を確保しておくことはできないのだそうです。サンディエゴに帰ってきてから電話してみて下さいとのことでした。ある程度予想はしていましたが、もしそこに戻れなかったときのために、代わりの学校を検討し始めました。うーん、やはり・・・と思いつつ、とりあえず長男に「今日、元の学校に電話してみたけど、もしかしてそこには戻れないかもしれないよ」と言ってみたところ、意外にも返ってきた答えは「(どこでも)大丈夫だよ」。予想していなかった答えに、おお、わが子ながらいつの間にこんなにたくましくなっていたのだろう?と思わず顔を見てしまいました。ハワイに来て、新しい学校に入って、そこでもすぐになじんで友達も出来て・・・という経験をしたので、やはり6歳なりの自信がついたようです。結果として、夫の職場の近くで、長男の保育園時代の友達も通っている別の学校の先生が、学区外ながら「受け入れますよ」とすぐに言ってくれ、検討した結果そちらも同様によい学校だということが判明したので、元の学校の結果を待つことなくその学校に通わせることにしました。

一方、次男の場合はハワイではキンダーに行っていますが、サンディエゴに帰れば「トランジション・キンダー」というプログラムに入ることになります。こちらは地区ごとにこのプログラムのある学校が決まっており、地区の学校に電話してみたところ「空席待ちになります。空きができたら連絡します」。私の理解では「2007年11月生まれの子どもは、希望すればこのプログラムに通う権利がある」はずなので、ウェイティング??それはおかしい・・・と思いながら、近所の別の学区の学校に問い合わせてみました。そちらで電話を取った担当者は、即刻校長先生と相談し「受け入れましょう」との返事。これで一安心、と思っていたら、結果的には教育委員会から最初の学校に連絡があったようで、数日後に「空きができましたので入学できます」というメッセージが携帯電話に残されていました。トランジション・キンダーの最初の年ということで、やはり現場も混乱しているようです。現時点では、思いがけず両方から「OK」をもらった私たちに選択肢があるようで、学校としての評判や日々のスケジュール、送迎にかかる時間などをもとにどちらかに決めることになります。翌年以降は長男のいる学校に転校を試みることになるので、あと7ヶ月ちょっとのこととは思いつつ、やはり少しでもよい環境で・・・ということで、あと数日はじっくり検討してみようと思います。

サンディエゴを離れるときには「ちょっと行ってくる。帰ってきたらまた元の生活に戻るだけだよね」と思っていましたが、子どもたちは数ヶ月といえどその間に確実に成長しており、元に戻るなんていうことはないのだ・・・と思いました。学校の件ひとつとってもそうですが、そのほかにも今まで出来なかったことが出来るようになったり、明確になってきた興味の方向性にしたがって、生活の中心になるものも変わっていきます。二人とも、もうしばらく水泳のレッスンは続けさせたいし、長男のアートのクラスもサンディエゴで継続することになるでしょう。親の私たちもハワイ生活を経て少し変わった価値観もあるかもしれません。古巣に帰ることは確かですが、そこで始まる生活は人生の新たな一章になりそうで、またワクワクしています。

他人の成功を喜ぶこと

ハワイに来た翌週から週に一度通うようになった「サンセット・ヨガ」。刻々と変わっていく空と海の色を眺めながらヨガをするたびに、この場所にいられることへの感謝の気持ちでいっぱいになる最高の時間です。

クラスは、インストラクターのリードによって座って目を閉じて深呼吸をするところから始まります。このとき、日常のあれこれなどをいったん手放して、ヨガを行うこと、自分のために時間をとっていることを喜びましょうというようなことを言われるのですが、今まで参加した回では必ず彼女が付け加えることとして「他人の成功を喜びましょう」というものがあります。

これを聞くたびに私の頭の中にはFacebookのタイムラインが浮かぶのでした。Facebookのタイムラインを見ていると、成功や幸福というイメージばかりが多く、時に疲れたり嫉妬したりしてしまう・・・という声を聞いたことがあるからです。もちろん、ソーシャルメディアがなかった時代にも、いくらでも他人の成功や幸福を垣間見る方法はありましたが、今の時代はますます「人が何をしているか」を見聞きする機会が多くなっていると言えるかもしれません。そしてその結果、嫉妬というほど強い感情ではないにしても、「うまくいっている」「楽しい思いをしている」人々の様子を見るにつけ、つい自分の現状と比較してしまったりして落ち込んだり嫌になってしまう・・・という人がいても不思議ではありません。

疲れていたり、何かの犠牲になっているような気がしてしまっている時、他人の成功を喜ぶことはときに難しいものです。たとえ、他人の成功を心から喜ぶということが、思考の波動という意味では高いものだということを理性的には知っていても。誰にでもFacebookのタイムラインを見て(あるいは新聞やテレビなどで活躍していたりうまくいっていたりする人の話を聞いて)「ふーん、よかったね・・・でも心から喜べる気分ではない」と感じてしまうことはあるのです。おそらく、それでも自分の目標に向かって進んでいける人というのは、その思いを自分を駆り立てることに転換できる人、あるいは少なくともその状態に長くは留まらない(ことを選べる)人なのではないでしょうか。

このヨガのインストラクターもそういった人のひとりのような気がします。まだ3回ほどしか会ったことがありませんが、決して声高に何かを言う感じではないのに、芯の強さや秘めた闘志を感じされる素敵な女性です。ネットを見ながら邪念にとらわれる時間が長くなってしまった人は、思い切ってPCを閉じて、外に出てみるといいのではないでしょうか。週に一度、色々なことを「リセット」できる時間。これからも、この時間は家族の協力を得ながら死守していこうと思っています。

自閉症のレジ係が働く大型チェーン店に賞賛の声

アメリカのペンシルベニア州で、ある父親が自閉症の娘のための靴を買いに大型チェーン店ターゲットを訪れました。お金を払う段になってレジに並んだところ、そのレジ係の男性が自閉症であることに気がつきました。彼はまったく他人と目を合わせなかったし、定期的に体を前後に揺らしたりという挙動をとっていたのです。でもレジの仕事は素早く完璧にこなしていたし、目は合わせないながらも、丁寧な応対でレジ係が言うべきこと(おそらく「よい一日を!」といったようなこと)を言っていたそうです。この父親は、列に並んで待ち、自分の番がきてお金を払うまでの短い時間でも彼が自閉症であることに気がついたのだから、この男性を面接した人々がそのことに気がつかなかったはずはないと考えました。それでも彼を雇ったターゲットという会社に一言”Good job!”と言いたくて、Facebookのページにこのストーリーを書き込んだところ、この記事を書いている時点でなんと48万人以上の人が「いいね!」を押していました。彼のFacebookの投稿はこちらからご覧いただけます。

思いがけない大きな反響に驚いたこの父親は、この一連の出来事と、どのようなコメントが来たかということについて彼のブログにまとめました。このブログでは、彼は「Facebookに投稿した意図は、自閉症の娘を持つ父親として、自閉症の大人を雇用したターゲットという店にたまたま居合わせたことを、自分のネットワークの中で自閉症を持っているかあるいは自閉症の子どもを持つ親たちに伝えたかっただけなんだ」と説明しています。でも、あまりの反響の大きさに、Facebookのコメントひとつひとつにコメント返しはもちろん「いいね」返しもできないので、このブログ記事でまとめて返信をする試みをしました。

それによると、彼のFacebookの投稿に対するコメントの99%はとてもポジティブなもので、残りは

・これはターゲットのPR部門によって捏造されたストーリーだ。

・ターゲットという会社が「差別をしない」ことを褒めるべきではない(差別しないのが当然だから)

・ターゲットは同性愛者や軍人を差別している

・自閉症のレジ係が賞賛されるべきであって、その雇用主ではない

などといったコメントだったそうです。

私自身、このストーリーと、その反響の大きさ自体、ポジティブなことだと感じました。Facebookのコメントには、このお店のある地元に住む人々から「そのレジ係を知っている」とか「彼はとても素晴らしいから、自分はいつも彼の列に並ぶ」というものもあったそうです。でもそれ以上に私が共感したのは、このブログを書いた父親の「ターゲットは『差別をしない』ことをほめられるべきではない」という点についての返信です。

Target shouldn’t have to be praised for not discriminating. The way the world should work is. . . people do the right thing. All the time. Everyone does. You don’t get credit or kudos for doing the right thing. . . you just correct those who are doing the wrong thing. But that isn’t the way the world works. When you find a good story. . . a little victory. . . you celebrate it. You give thanks. You give kudos. You hope for more, but you take in your little successes you praise positive behavior and you build on it and hope for bigger and bigger successes.

「正しいこと」をして褒められるべきではない。「正しいこと」をすべきなのだから。正しくないことをしている方を直すべきではないのか。という意見に対する答えとして、本来はすべての人や会社が「正しいことをすべき」だけれど、現実はそうなっていない。だから、このようなことを目撃したら、喜ぶべきなのだ。感謝の意を伝えて、「おう、頑張ってるな」と言うのだ。同じようなポジティブなことがもっと多く、大きなスケールで起こって欲しいと目標は高く持ちつつも、身近な小さな成功を喜び、それを積み重ねていくのだ、と彼は言っています。

これは人生のさまざまな面について言えることではないか、と思います。自分自身が目標としていること、成し遂げたいことについても、また子育てについても。多くの人からの「いいね!」は、この父親の短い投稿に対する共感そして拍手の気持ちなのでしょう。小さな成功を積み重ねること、それを喜び祝うことの大切さを教えてくれたストーリーでもありました。

“You never know”

この夏、ポートランドとシアトルに家族旅行をしました。シアトル郊外には、私がカリフォルニア州モントレーで通った大学院時代の友達が住んでいます。彼女がカリフォルニア州からワシントン州に引っ越したあと、2001年の冬に初めて彼女を訪ね、そのあとも機会があるごとに会ったり、連絡を絶やさず取りつづけている友人のひとりです。

今年の夏に会ったときは、二人だけでじっくりと話す時間がありました。長い間交際しているパートナーとのことになったとき、彼女は「今までで一番ベストなパートナーシップを築いている相手。結婚して何かが変わってしまってだめになるカップルもたくさんいるから、そうなるくらいなら今のままでいい」と言っていました。パートナーはアメリカの軍勤務で、あと1年半ほどで20年を勤め上げ軍人としてのキャリアは終了するというところ。ちょうど私たちが訪ねていったときは航海の途中で、数週間後に帰るというときでした。数年前に2人でサンディエゴに遊びに来たときに会ったこともある人で、今年の6月ごろ「初めて日本に行くけど、どこかお薦めの場所はあるか」と聞かれ、メッセージを交わしたりしたのです。

その彼が、8月中旬に大好きなバイクのツーリングをしている最中、事故にあって帰らぬ人となったことをFacebookで知りました。あまり突然のことで、少し時間がたった今でも信じられない思いです。Facebookの本人のページには多くの人からメッセージが寄せられ、彼との思い出を語るストーリーや写真が投稿されています。前妻との間に10歳くらいになる男の子がいた彼。友人に子どもが欲しいのかどうか聞いてみたとき、タイムリミットが近いのでもし本気で子どもを持ちたいかもと思ったとき、彼は一緒に考えようと言ってくれていると話していました。

彼女からのFacebookの投稿は、家族や友人に、お葬式の日時や軍隊が彼の写真を集めたいと言っていることなどを淡々と知らせる内容のものが多く、彼女が経験しているであろう悲しみやつらさは測り知れないものがあります。彼の死を知らせる彼女のメッセージには”He died when he was doing what he loved” と書かれていました。2ヶ月ほど離れ離れになっていて、やっと彼女と住む家に帰ってきたその翌日のことだったそうです。本当にいつ、この人生という「旅」が終わりになるのかは誰にもわからないこと。「毎日を悔いのないように生きよう」と言うのは簡単でも、実際にはそれほどたやすいことではありません。それでも、知らせを受けてから日に一度は彼女と、そして彼のFacebookを訪れて、ふたりのストーリーが語られるのをそっと読ませてもらっているのでした。最愛の人に先立たれてしまった友人のこれからに幸あれと強く祈りながら。

期間限定のハワイ滞在

夫の仕事の都合で、期間限定でハワイに住むことになりました。夫が先に出発して3週間ほど「ひとり親」になり、その間に引越し準備をし、子どもたちを連れてホノルルに来てから2週間ほどになります。

ホノルルに来た翌日から子どもたちは学校に行き始めました。アメリカの小学校は、日本の小学一年生にあたる1st gradeの前にキンダーという学年があり、ハワイの公立小学校の多くは「2012年12月末までに5歳になる子どもはキンダーに入学可能」ということで、次男は4歳にして晴れて小学校に入学。実は、夫がハワイに行くことになった当初は、子どもたちの学校のこともあるし、夫だけ単身赴任という形で私と子どもたちはサンディエゴに残ろうかと考えたこともありました。何しろ「期間限定」なので、やっとハワイに慣れたと思ったら、またサンディエゴで初めて通うことになる学校で友達作りをやりなおさなければならないからです。長男にしても、ハワイに行ってしまうと、サンディエゴに戻ってきたときに去年通っていた学校に戻れるかどうかは保証の限りではありません。

私の先生、Susie Waltonに相談したところ、あなたにとって何が一番大事なのかを自問してみたら、と言われました。子どもたちに安定した教育環境を与えること(つまり環境の変化や、転校という経験をさせないようにすること)が一番大事なのか、それとも家族が一緒にいることが大事なのか。心を落ち着けて自問してみたら、答えは明確でした。また4人の男の子を育てた彼女は「私自身が子どもたちを育てていたときは、新しい環境に移るたびに、これは新しい”adventure”だよ、って子どもたちに言って、みんなで楽しむように頑張ろうと心がけた。親自身が新しい場所に対してワクワクしていれば、子どもは大丈夫なもの」とも言っていました。

登校日初日、次男は明らかに「ここにいたくない」ということを全身で表現していました。私も後ろ髪をひかれる思いで教室をあとにしたのですが、翌日には笑顔で登校し始め、数日前には「今日いちばんよかったことは、学校に行ったこと」と言うまでになりました。次男は人なつこい甘え上手な性格なので、最初のハードルさえ乗り切ってしまえば大丈夫だろうと思っていましたが、そのとおりになりました。大人でも子どもでも、環境の変化を経験し、適応していくなかで、一回りたくましくなるのは同じこと。こちらに来て二人の様子を見て、数ヵ月後にサンディエゴに帰っても大丈夫だろうと思えるようになりました。「案ずるより産むが易し」ですね。この貴重な贈り物のような時間を、家族でめいっぱい楽しもうと思っています。

誕生日にcharity:waterを通じて水のプレゼント!

先日オレゴン州ポートランドで出席した世界征服サミットで、スコット・ハリソンという人が講演をしました。彼はcharity:waterという団体を立ち上げた人です。この団体のことは以前からクリス・ギレボーのブログや本で紹介されていましたし、寄付をしたこともありましたが、創始者に会うのは初めてでした。

実際にチャリティを立ち上げるきっかけとなったアフリカへの旅に行くまでの10年間は、今の活動とはまったく違う、「ニューヨークのナイトクラブに客を集め、酔っ払わせることで大金を稼ぐ」というようなことをしていた彼。その10年間のあと、アフリカで変化を経験し、今のチャリティ活動を立ち上げることになりました。

それにしてもこの団体、普通の非営利団体とは何かが違います。こちらの堀さんのブログ記事で詳しく解説されていますが、これらの「ブランド」「スタイル」「クール」というキーワードがふさわしい活動ぶりには、そのナイトクラブでの10年で学んだことが確実に影響していると言えるのではないでしょうか。そう考えると、どんな経験も、やはり無駄ではない・・・という気がします。

講演の最後に彼が行った「君たちの誕生日をこの活動のために捧げてくれないか」という呼びかけに答え、協力を表明しました。誕生日を祝うためにお金を使う(あるいはプレゼントをもらう)代わりに、そのお金を寄付し、人々に水へのアクセスをもたらすために使ってもらうという趣旨です。

実は私の誕生日は今週土曜日。今日あわてて登録し、キャンペーンのページを作りました。英語ページですが、クレジットカードで寄付ができます。カード決済だと、クレジットカードの会社に手数料をひかれるのが普通ですが、これも交渉してゼロにしており、要は「寄付した全額が現地に届く」仕組みになっています(アメリカ以外の国でクレジットカードを使った際のforeign transaction feeが無料になるのかどうか、現在問い合わせ中です)。

また実際に集まったお金を使って「何が起こったのか」ということを知らせるメールが1年半ほど経った後に届くとのこと。スタッフの給料や運営コストは、企業などの大口寄付でまかっなっているというビジネスモデルだそうです。いろいろな点で他の団体と一線を画しています。既に趣旨に賛同いただける方は、ぜひ寄付、あるいは周知にご協力をお願いします!

ダライ・ラマ14世、サンディエゴで講演

チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世が、サンディエゴ州立大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校、サンディエゴ大学の3大学で講演を行うためサンディエゴを訪れました。三男が生まれた日に発売になったチケットを友人の協力で入手し、心待ちにしていた日がついにやってきました。ひょんな縁から親子コミュニケーションコースの大先輩であり、私のメンター、そして大切な友人でもあるSusie Waltonと一緒に行くことになったのも必然だったのでしょう。今朝、サンディエゴ州立大学の会場で会った彼女は「きのうは楽しみで眠れなかったわよ!」と興奮気味。以前にも2度、講演に行ったことがあるということでしたが、ダライ・ラマが会場に姿を現したときには涙を流していました。

バスケットボールなどに使われるアリーナでは、中心に設置されたステージを観客席がぐるっと取り囲むような形で、私たちの席はステージの後ろからみるような形でした。講演中は主に天井に設置されたスクリーンに映る姿を見ていましたが、話の内容もさることながら、本人の持つオーラのような、力強い、それでいて攻撃的ではない空気が感じられました。話題は宗教のこと、許しのこと、親として子どもにするべきこと、最大限の幸せを感じる人生を送るには・・・・など多岐にわたり、講演時間の45分ほどはあっという間に過ぎました。

その後30分ほど質疑応答の時間となり、あらかじめ寄せられた質問を担当者が読みそれに答える形ですすめられました。ダライ・ラマの講演を聴くというのは初めての体験でしたが、77歳とは思えないパワー。そして意外にもとてもユーモアに溢れ冗談を交えながらの講演で、会場からはしばしば笑い声が聞こえました。アジア人らしいアクセントのある英語で、ときどき通訳者に「英語でなんと言うのか」と尋ねながらの話だったのですが、私が理解した限りでいくつか印象に残ったことをあげておきます。

・「自分」と「他人」の境目は(本来は)ない。すべては”Oneness”つまりつながっている。

・物理的な快適さと精神的な安らぎという二つの価値観がある。物理的な快適さはお金で買えるものだが、それでは精神的な安らぎは得られない。また、例えば病気などで身体的にはつらくても、精神面での安らぎや強さがあれば乗り越えられる。

・親(特に父親)は子どもともっと時間を過ごすべきだ。そして子どもに対して”Maximum Affection”(最大限の愛情)を注いでやることが、Compassionをもつ世代を育てることになる。また子どもには出来るだけホリスティックな体験をさせてやることが望ましい。

・たとえ「敵」と思う人がいたとしても、その相手自身が、自らのネガティブな行いの結果起こることを体験することになる。許しとはその相手への気遣いから起こる感情である。

・仏教の教えは「信仰心から教えを受け入れなさい」というものではなく「自ら体験し実験することで教えを受け入れなさい」というもの。その意味では、ブッダは科学者でもあると言えると思う。

・最大限、幸福な人生を送るためには「心の平安」が欠かせない。一人ひとりが幸福な人生、幸福な家族を築き、そして社会に貢献することで、よりよい未来が築かれる。そして正直に生きること。

・私の二つの目の片方は世界をみている。そして片方の目は来世を見ている。

質問のひとつに「あなたは世界中の人をインスパイアしていますが、あなた自身がもっとも影響を受けた人は誰ですか」というものがありました。これには「私は仏教徒なので、偏見があると思いますが・・・」と前置きし、「ブッダです」。これには会場も大爆笑。その後、ガンジー、マザー・テレサなどの名前を挙げていました。また、最後のほうで、日本の地震と津波のことにも触れ、実際に被災地を訪れたことを話していました。そして「日本は第二次大戦で何もなくなったところから立ち上がった。だから、また再建できると信じている」とも。講演を終えたあと会場を埋め尽くした観客から拍手喝采を受けながらアリーナをあとにしました。講演はウェブカメラで放映され、編集版がローカルテレビでも放映されるとのことです(スケジュールはこちらをご覧ください)。帰りの車のなかで、子どもたちに最大限の愛情を注いでいるかな・・・と自問自答。それを可能にするためにはやはり自分自身のケアをすること。時間に追われる毎日なので難しく感じられることは確かですが、家族みんなで仲良くハッピーな生活を送るためにもそれはとても大切なことなのだと改めて感じました。質問の中にも「自分はちっぽけな存在。こんな私に何ができますか?」というものがありましたが、すべては自分から始まるのです。自分自身を幸福にし、家族の幸せに貢献し、それがコミュニティや国、世代・・・につながっていく。そんな思いにさせられたダライ・ラマの講演でした。

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