生後4週間が経ちました

2月22日に三男を出産してから早くも4週間が経ちました。過去一ヶ月を振り返ってみると、生後7日目から右の頬と耳の周辺あたりにこぶのようなものが出来始め、10日目に新生児ICUに緊急入院。MRSA感染とわかってからは抗生物質での治療が始まり、10日間を病院で過ごしました。退院後も経口抗生物質の投与を続けていましたが、今日無事に「現時点では完治」という医師のお墨付きをもらいました。退院してから約10日間で改めて「赤ちゃんのいる生活」のリズムがようやくつかめてきました。

生まれる前までは「3人目だから」と気持ちに何となく余裕があったものの、予想外の入院騒動にやはり緊迫し、心身ともに消耗しました。特に入院後4日目、5日目あたりが一番きつかったように思います。5日目には「抗生物質の投与が長引きそう」ということで、PICCライン(日本語では末梢挿入中心動脈カテーテル)を入れたのですが、右足首から入れていたこのPICCラインの管が左足にからまり、それがとれてしまうという事態が発生。そのときに病室にいたのは私だけで、すぐに助けを呼んだのですが、看護婦は部屋に入って事態を知るや私の顔を見て大きなため息。また赤ちゃんに痛い思いをさせて入れなおさなければならないということと、看護婦の責めるような表情や口調に、それまでの疲れや不安な気持ちが一気に爆発して、気がついたら涙が頬を伝っていました。看護婦はあわてて「あなたのせいじゃないわ」ととりなすような口調になりましたが、時すでに遅し。PICCラインのチームが来るので部屋を出るように言われたのでこれ幸いと病棟を飛び出し、昼食に行っていた夫を見つけて何が起こったのか泣きながら話しました。新しいPICCラインを入れるまでは病室に戻れなかったので、その間外を歩き回ったり、休憩室で横になったりして何とか気分を落ち着かせること数時間。結局、その日の夜に新生児ICUを出ることになり、後半の入院生活は快方に向かうのを待つ日々となりました。

MRSA感染というと、日本の友人からは「院内感染なのか」とよく聞かれました。確かに昔は院内感染するものであったそうなのですが、今ではアメリカ人口の30%はこのバクテリアの保持者といわれ、皮膚などに普通にいるもので、健常者には特に害は及ぼさないため、どんな経路で感染したのか特定するのは不可能に近い状況です。また、三男の頬や耳のあたりに、cystといわれる液体のたまった袋上のものがあり、それが感染を容易にしたという可能性もあるため、数週間後に再度MRIを行う予定になっています。いずれにしても現時点ではひとまず終息して安心していると同時に、あのタイミングで医者に診せに行き、適切な治療をすぐに受けられたことは本当によかった・・・という思いでいっぱいです。無事に退院して家に帰ることができたことも。そしてせっかく授かったこの小さくて(一見)頼りない命を、大切に育てていかなければという気持ちを新たにさせてくれた経験でした。

2012年が始まりました

早いもので新年最初の一週間が過ぎました。今年は数週間後に出産を控えているため、「今年の目標」と言われればまず「無事出産すること」が思い浮かびますが、同時に「毎日を意識的に過ごす」ことを心がけたいと思っています。「多くのことを成し遂げる」というよりは、いかに毎日、毎時間、毎分、あるいは毎秒を「今これをやっている」あるいは「こういう気分である」ということに注意を払って過ごせるか。つまり、”Be Present”ということですね。頭では理解していても、実践するのは難しいコンセプトですが、妊娠、出産、新生児のお世話という、ある意味自分ではコントロールできない要素が多い出来事を体験するチャンスを与えられているので、”Doing”が制限されることやその不自由さにイライラするよりも、”Being”により重きを置いた時間にしてきたいと思っています。

そんなことを考えていたら、ちょうど一年前に実際に初めてお会いする機会のあった堀正岳さんのブログ記事「人生3万日だと思ってはいけない」に遭遇しました。義理のお姉さまを亡くされるという突然の不幸に、改めて“There is only today” ということを思い知らされた・・・という内容でした。こうした突然の出来事を前にして、私たちにできることは、やはり今を大切に生きることです。言葉にすると本当に陳腐でありきたりですが、今の状況は永遠に持続しないということを忘れずにいること、あるいは毎日自らにリマインドし続けて意識的な生活をすること。たとえその時選ぶ行為が「横になって休む」だったり、「テレビドラマを見てリラックスする」ことだとしても、そういう目的をもっていると自覚しながら行うこと。長期的な計画や目標を立てるなということではなく、それを念頭におきつつ「その実現のために今何ができるか?」と、常に「今」に置き換えてみること。その上で「今」を心地よく過ごせているかどうか、過ごせていないとしたらどうすれば変えられるのか。状況をその時点では容易に変えられないのだったら「心地よくない」と感じる気持ちを変えられないか。そんなことを心がける年になりそうです。

ハロウィーンの出来事

私は日本で生まれ育ったので、大学卒業後にアメリカに留学するまでハロウィーンを祝う習慣とはほぼ無縁でした。9年前にアメリカに移住し、最初の子どもが生まれるまでの数年間は、友人で毎年気合の入ったハロウィーン・パーティを行うカップルに招かれ、適当な仮装をしてそのパーティに行くくらいでした。日本に住みながらアメリカという外国にあるお祭りであるハロウィーンについて最初に知ったのは、小学生の頃に大好きで繰り返し読んでいた「ゆかいなヘンリーくんシリーズ」という物語の本だったと思います。クリアリーという作者のこのシリーズでは、ヘンリーという少年を主人公として毎回いろいろな事件が起こります。この中で、ハロウィーンの合言葉”Trick or Treat”が「いたずらかごちそうか」と訳されていたのが印象に残っています。本にはまた「お菓子がもらえなければ、窓に卵をぶつけるなどいたずらをしてもよい」と書かれていたので「お菓子を用意しないと何かされるのか」と思っていましたが、実際にアメリカに住んでみてそうではないとわかりました。”Trick or Treating”に参加しているのは、ハロウィーンの装飾をしている家というお約束のようです。

ハロウィーンといえば、忘れてはならない出来事があります。ハロウィーンのパーティに行こうとして、別の家に行ってしまった日本人留学生、服部剛丈くんが射殺された事件です。下記がWikipedia掲載の事件の概要です。

1992年10月17日、ルイジアナ州バトンルージュにAFSを通じて留学していた日本人の高校生、服部剛丈(はっとり よしひろ、当時16歳)が、寄宿先のホストブラザーとともにハロウィンのパーティに出かけた。しかし、訪問しようとした家と間違えて別の家を訪問したため、家人ロドニー・ピアーズ(当時30歳)から侵入者と判断されてスミス&ウェッソン社製の.44マグナム装填銃を突きつけられ、「フリーズ(Freeze「動くな」の意)」と警告された。しかしながら服部は仮装の際にメガネを外していたため状況が分からず、「パーティに来たんです」と説明しながらピアーズの方に進んだところ、玄関先、ピアーズから約2.5mの距離で射殺された。

私もこのAFSという団体でドイツの高校に交換留学生として1年間滞在させてもらいました。その後、この事件が起こった1992年から大学生ボランティアとしてAFSで活動していたため、この事件は本当に衝撃でした。ボランティア仲間の中には、事件の犠牲者となった服部くんと、出発前オリエンテーションなどのグループで一緒だった人もいて、私たちにとってこの事件は単なる新聞やテレビを一時賑わせたもの以上の意味がありました。この事件が起こった時点ではまだアメリカを訪れたことがなかった私は、普通の家庭でも銃を携帯している可能性があるということをいやでも実感させられたり、またその後の陪審員裁判で銃を撃った男性が無罪になったことにとてもショックを受けたことを今でも覚えています。事件後には、アメリカの銃規制を強化するための運動が起こり、確か、ニューヨークのタイムズ・スクエアに「銃で死亡する人の数」が表示される電光掲示板が設置された時期もあったと記憶しています。

近年、アメリカでもハロウィーンに乗じた犯罪のニュースが聞かれるようになりました。 “Have a Safe Halloween”という挨拶を聞くたび、この事件を思い出します。今となってはアメリカ人にはほとんど知られていない事件となってしまったかもしれませんが、事件のあとに「悲劇を繰り返さないためには文化の違いを乗り越え理解を深めていく必要性がある」として、銃のない安全な日本社会を体験してもらうため米国の高校生を年に一人ずつ招こうという趣旨で設置されたYOSHI基金(Yoshi Hattori Scholarship)は今でも続いていて、この時期に奨学生の選考が行われます。ハロウィーンという欧米のお祭り、そしてアメリカの銃文化を背景にして起きたこの事件について、私たちが次の世代に伝えていくことも、私たちにできる異文化交流、異文化理解の一助になることではないかと感じます。

Google I/O

今週、2日間に渡ってGoogle I/Oという会議がサンフランシスコで開催されました。この会議のチケットは2月初旬に売り出しになり、夫もこの会議に行く予定で事前に航空券も入手していましたが、発売開始直後からウェブサイト経由で購入を試みたところなんと発売後59分で完売。サイトにものすごい数の人が集中したため、チケット購入画面にたどりつくこともできなかったそうです。今年確か3度目になるこの会議、去年は少なくともチケットが完売するまで数週間はあったということで大丈夫だろうと思っていたのですが、去年のこの会議で参加者全員にアンドロイドというスマートフォンが配布されたこともあり「今年は何が配られるのだろう」という期待が一段と高まっていたようなのです。

私自身は内心「普通はチケット購入してから航空券だよね・・・」と思いつつも、幸いサウスウェスト航空の航空券だったので、もし手を尽くしてもチケットが入手できなければ、フライトをキャンセルしてまた旅行に使えばいいか・・・と思っていました。夫はその後もebayなどオンラインのオークションでチケットを入手できないかと探っていたところ、普通に買えば600ドル程度のチケットが2000ドル近くとものすごいプレミアがついて売られていました。それでもあきらめきれない夫は、4月にGoogleが開催したコンテストについて情報を入手し、2回挑戦。これは、Googleのいろいろなソフトを使ってコンピュータプログラミングの腕を競うもので、初回の課題を30分以内に答え、正解であれば次のステージに進めるという形になっていました。夫は挑戦した2回ともこの最初のステージはクリアしましたが、次のプログラミングの課題は24時間以内に決められたプログラミング技術を使って作品を制作するというもので、それらのプログラムは専門ではない夫は苦戦し、2回とも徹夜で取り組んでいました。結果的には2回ともトップ10に入ることは出来ず、残念な結果に終わりましたが、夫は時間との闘いで製作に取り組んでいる間はとても楽しかったと言っていました。

2回目のチャレンジの時に、夫はアンドロイドを持っている友人のヘルプを求めたのですが、実はこの友人が働く会社でGoogle I/Oのチケットを入手していました。また、偶然にもこの会社は毎年7月にサンディエゴで行われるコミック・コンベンションというイベントのチケットを入手したがっていました。コミック・コンベンションも大変人気のイベントで、こちらのチケットは規則では「転売不可」つまり買うときに行く人の名前を登録させられるのです。チケットはとっくの昔に完売になっており、出遅れたこの会社は夫と同じようにいろいろなコネを使って何とかしようと躍起になっていました。実は、私は去年このコミック・コンベンションで勤務している友人が「日本の漫画家、萩尾望都を招待したいんだけど、手紙の書き方を教えてくれ」ということで、本当に些細ですが手伝いをしたことがありました。この縁で、彼女に「今年のコミック・コンベンションのチケットを購入したがっている会社があるんだけど、何とかできないか」と聞いてみたところ、OKとの返事。これが決め手となり、コミック・コンベンションのチケット購入権利と引き換えに夫はGoogle I/Oへのチケットをついに手にしました。

昨夜サンフランシスコから帰宅した夫は、無料で配布されたタブレットや、これからもらえる予定のクロムOS搭載のノートパソコンについても喜んでいましたが、何より会議をその場で体験できたことが嬉しかったようです。正直なところ、コンテストで1週間のうちに2回も徹夜している夫を見て「よくやるな・・・」と思っていましたが、彼のそのこだわりやあきらめずに頑張るところが、見ている人に「ヘルプしてあげたい」という気持ちを起こさせたのかもしれないと思うと、”Persistence pays off” (粘り強さは成果をもたらす) という言葉が浮かびました。

WHAT =自分のほしいもの・したいことをまずはっきりさせ

HOW= どうやってそれを叶えるか?

なのだな、と。あきらめずに事に当たれば、時には運も引き寄せることができるかもしれない。また、どこでどんな縁があるかわからないので、頼まれごとも出来る範囲で引き受けましょうという、我が家の教訓話として語り継がれるに値すると感じたエピソードでした。

ハリー・ポッターの著者の言葉

今回の震災で、国籍を問わず世界中の多くの人から「日本の家族は大丈夫ですか」と気遣うメッセージをもらいました。このブログで何度か書いてきたアメリカ人のブロガーで友人のクリス・ギレボーとツイッターでメッセージをやり取りした際に「毎日、日本からのニュースを聞いていると、前向きでいることが難しい時もあるけど、自分の置かれた立場に感謝し、出来ることからやることを頭に置いている」と言ったら、彼からは”Be well, and keep focusing on being you” と返信がありました。

自分でいること=自分らしくあること。こんな状況で、自分らしくって何をすること?これは、私の大好きなハリー・ポッターを書いたJ.K.Rowlingの次の言葉を想起させました。

“You will never truly know yourself, or the strength of your relationships, until both have been tested by adversity” (困難な状況に直面するまでは、自分がどういう人間なのか、そして自分にとって大事な人との絆の固さは本当にはわからないものだ)

前回のブログ記事でも書きましたが、こんなとき「自分はどんな人間なのか?」が見えてきます。また、自分の大切な人との関係も然り。国際結婚をしたカップ ルのためのコミュニケーション・コーチングや、国際結婚を控えた方への準備コーチングを生業としている私のところにも、日々ご相談のメッセージが来ます。 中には、配偶者や日本の家族の間で、日本に留まるべきかどうかの意見が合わず、悩んでいる方も大勢いらっしゃいます。この震災は、すべての人に多くのこと を考えるきっかけを与えました。自分や相手が困難に直面したとき、あるいは家族として決断を迫られる状況のときに、その関係が成り立っている基盤の強さが 試されています。被災地ではない場所にいる私も、自分たちに同じような試練がふりかかったらどうなるだろうか?と考えてみる機会になりました。
J.K.Rowlingは,“Such knowledge is a true gift” と続けています。困難な状況にあっても、そこで得られる自分について、そして自分の大切な人との関係についての知識は贈り物なのだ、と。この体験から少しでも何かを掴み取ることも、今私たちにできることのひとつなのではないでしょうか。

“Test Your Mettle”

震災からもうすぐ2週間がたとうとしています。この間、ここアメリカでも様々な活動が行われてきました。南カリフォルニアに住む友人たちは、震災後一週間で「チャリティ・イベント」を立ち上げ、一日で300人以上の人が詰め掛けてファンドレイジングを行いました。私も行きましたが、主催者と協力者の思いが一体となり、とても良い気を放っていましたし、また素晴らしい成果をあげたようです。そちらの様子は主催者の一人でもある友人によるこちらのブログで読むことができます。
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日本で生活する人は、被災地にあってもそうでなくても、様々な選択を迫られるような状況となっています。直接被災した方々ばかりでなく、そうでない地域にいる人にも様々な影響が出ています。震災直後の数日と違い、被災地の人をどのように助けるべきか、イベントなどを自粛すべきか、首都圏における放射線は危険なのかそうでないのか、避難したほうがよいのかどうか・・・さまざまな意見が交わされています。中には、どこに向けてよいのかわからない悲しみや怒り、将来に対する不安を(誰にでもよいから)ぶつけてくる人もいます。

英語で”Test your mettle”という表現があります。”You are facing a crisis that tests your mettle” (あなたは自分がどんな人間であるかが試されるような危機に直面している) のように使われます。震災以来、この言葉がいろいろな時に頭に浮かびます。周囲の人の言動に腹を立てている人も、不安でいろいろなことが手につかない人も、こんな状況であなたはどんな風に振舞えるか?ということが常に試されているのです。例えば、先日私は「逃げたと言われるかもしれないけど・・」という題のブログ記事を「成功する国際結婚ブログ」に書きました。それに対して反対の意見を述べるコメントがつきました。コメントは承認制なので、誹謗中傷は掲載しないという選択もありますが、口調は丁寧ですし、私は中傷とは受け取りませんでした。実は私はそのコメントを見たとき、その人の「悲しみ」を感じました。詳細は不明なので想像するしかありませんが、おそらく私の書いたことの何かが彼女の心の柔らかい部分に触れたのだと思います。書かれた言葉は「怒り」でしたが、私には彼女が「逃げた人は私(たち)を見捨てていったのだ」と泣いているように感じられました。あなたの言うことは間違っている、怒りを感じる、と言われて、今度は自分が傷つかないように心を閉じることもできるでしょう。でも、その「怒り」という言葉を超えて、やりきれない思いをぶつけるような形で表現している相手の心境になった時、私が考えた、その時点でできる最も愛情に満ちた行為は、説明も反論もせずそのコメントをそのまま載せることでした。

震災後も今までどおりのブログを書くことを表明したら、ものすごい批判がきてブログを閉じようかと思っているところまで追い詰められた人の話を聞きました。ブログという形であっても自分の意見を発信することには常に「自分に賛成しない人がいる」というリスクが伴います。ある意味、強くならなければ情報は発信できないという面もあります。でも、例え、厳しい口調で批判してくる相手がいたとしても、その言葉を額面どおり受け取らない、あるいは「パーソナルにとらえない」こともひとつのコツではないかと思います。相手の言葉を自分への攻撃と受け取れば、腹がたったり傷ついたりすることもありますが、それぞれがそれぞれのもっている人間の性質そのものを試されているようなこの状況で、その人なりのニーズがあってその言動をとっているのです。ブログでなくても、周囲に失礼な言動をとっている人が身近にるかもしれません。もしかすると、被災地で行方不明の親戚や友達がいるのかもしれません。そのつらい気持ちやニーズの表現方法が明らかに歪んだものであれば、自分の精神衛生を犠牲にしてまで付き合う必要はないでしょう。でも、全ての人は自分にできる精一杯のことをしているのだと信じて、またいつ自分も、被災したりつらい目にあって、そういう立場になるかもしれないと思えば、表面の言動を超えた相手のニーズを推し量ることができるかもしれません。

海外からの祈り

地震の発生から2日ほど経とうとしている時にこのブログを書いています。日本に住む両親と兄の無事は確認され、安心したものの、今後のことがとても気になっています。

心配になるニュースが次々と報じられる一方で、復旧した電車に乗るために整然と並ぶ人々の列や、黙々と歩いて帰ったりコンビニで散乱したものを拾い上げて普通にお金を払って買っていく話など、「やっぱり日本人だ」と感じる話を目にします。これらの行動を驚きをもって受けとめる外国人の反応を見て、私たち日本人にとっては「普通」と思っていることが世界的にみればそうではないのだということに改めて気づかされました。アメリカでハリケーン・カタリナがあったとき、1ドルの水を10ドルで売ろうとしていた人がいたこととは対照的に、サントリーが自動販売機を無料にしたことを語る人もいました。もちろん、義援金詐欺やスリなど細かいところをみれば日本人にだって悪いことをする人はいるでしょう。でもこの状況に乗じてお店を襲ったり、暴動になったりする可能性はほぼないという事実は誇るべきことだと思います。

私はアメリカに住んでいるため、ここ2日間、ソーシャル・メディアを中心に情報収集をし、必要と思われることはシェアをし、友人を励ましたり応援したりするメッセージを書き込みました。この週末は夫と二人で税金の確定申告の作業をすることになっていましたが、やはり日本のことが気になってまったく身が入らない私を夫はそっとしておいてくれ、黙々と一人で作業を進めていました。後になって二人で近所のスーパーに食料を買いに行った時、あまりにも普通の光景、つまり電気がついていて新鮮な食料が豊富にあって、お金さえ出せば何でも買える状況を目の前にして、思わず被災した方々の状況に思いを馳せ立ち尽くしてしまいました。アメリカ生活も9年目になり、いつしか広い駐車場では買い物のカートを適当な場所にほっておくようになっていた私ですが、日本人がこんな状況でも普通に取っている「ルールを守る」行動を思い出して、所定の位置まで返しにいきながら、自分が日本人でよかったと感じていました。

今、地震の被害に直接あっていない場所にいる方たちにでも出来ることはあります。日本在住であれば、次の地震や二次災害に備えたり、節電や献血、寄付などができるでしょう。海外在住であれば、寄付をしたり、応援や励ましのメッセージを送り続けることができます。また、日本でも海外でも直接の被害が少ない場所にいて「普通の生活」をすることが出来る人は、「当たり前だと思っていることは実は当たり前ではない」ということを思い出し、少しでも愛する人にその気持ちを伝えたり、周りの人に親切にしたりするきっかけにしてもらえたらと思いました。「いつでもまた会える」なんていうのは幻想に過ぎません。れぞれの機会で、目の前にいる人と交わした言葉が最後のものになったとしても後悔しないような言動ができれば、それがベストなのではないかと思います。

私の子供たちはまだ就学前ですし、家にはテレビもないので、今回の地震についてはほとんど伝えていませんが、やはり何かを感じたのでしょうか、きのう寝かしつけるときに二人して「心臓の音を聞かせて」と言って来ました。赤ちゃんのようにかわりばんこにだっこして心臓の音をきかせてあげると、次には「自分の心臓の音を聞いて」。言われた通りに小さい胸に耳をあてて、どくん、どくんと打っている命の音を確かめながら、この時間に感謝する気持ちでいっぱいになりました。今回の地震で亡くなられた方や負傷された方、そのご家族の方々に、心からのお悔やみを申し上げます。また、まだ消息のつかないご家族や友人がいらっしゃる方々に、心からのお見舞いを申し上げます。「誰かが生きたかった一日」を無為に過ごすことのないよう、また愛情の出し惜しみをすることのないよう、精一杯生きます。

ミカ

先日こちらの記事に書いたサンノゼに住む親友の話です。彼女はミカという名前の犬を飼っていました。ミカが2歳のときにシェルターからもらってきたそうです。偶然にもミカという名前がついていたのだとか(親友は日系アメリカ人です)。それから10年近くがたち、ミカは病気になってしまいました。癌にかかり、親友とだんなさんは相談して、足を切断するという決断をしました。私たちも去年12月に遊びに行きましたが、3本足になっても普通に歩いたり元気に飛び回ったりしていて、ぱっと見では気づかないような感じでした。もちろん、もう年なので寝ていることが多かったのですが、起きているときは優しい、いたずら好きないつものミカでした。

ミカは大きい犬です。子どもたち(特に下の子)は最初は怖がっていましたが、ミカが気立てのいい優しい犬だとわかったようで、滞在の最後の方ではミカの背中をさすったりできるくらいになっていました。親友の話では、今5歳になる一番上の女の子が生まれたばかりの時、ミカは赤ちゃんが泣いていればすっとんで彼女を呼びにくるし、散歩に行ったときもほかの犬が乳母車に近寄ろうものならすごい勢いで赤ちゃんを守ろうと、乳母車の前に立ちはだかったりしたのだそうです。そのあと双子の女の子が生まれました。だんなさんが出張の多い仕事をしていたときも、ミカがいれば安心でした。親友の家族にとっては、ミカは3人の女の子たちを守ってくれる、大切な家族の一員でした。

そのミカの癌が再発し、具合は急変しました。先週土曜日の夜、親友はFacebookに書き込みをしました。”I am sleeping on the floor next to Mika, because I don’t believe in dying alone” 「一人で死なせることはしたくないから、今日はミカの隣の床で寝る」と。その夜は持ちこたえたそうですが、親友はだんなさんと話し合って、ミカを永眠させる苦渋の決断をしました。もう動くこともできないし、数日待っても苦しむようになるだけだから・・・と。日曜日は一日中、家の前の庭で過ごしたそうです。ハムやピーナッツ・バター、ホイップクリームなどミカの好物を好きなだけ食べさせてあげました。近所の人や、彼女のサクラメントに住む妹がやってきてお別れをしました。月曜日、子どもたちが学校や預け先にいていない時に、親友はだんなさんと一緒に獣医にミカを連れて行きました。

親友は数ヶ月前にお母様を亡くしたばかりです。私は、Facebookに書かれたこのノートを読んで、ミカとお母様がどんなに似ていたかを理解しました。どちらも、癌を一度は克服したこと、その手術が1年近くの時間を与えてくれたこと。どちらも家族を一番大切に思っていたこと。どちらも、とても勇敢でそして美しかったこと。2月18日が” ampuversary” (anniversary と amputationの造語。こんなときでもユーモアを忘れない彼女です)つまり足を切断してから1年後の記念日になるはずでした。偶然にも、生きていたらお母様の68歳の誕生日だったそうです。短い間に大切な家族を亡くすという経験を2回もした一家。今はただ、一日一日を過ごすだけだと語っていました。

また犬を飼うことはあると思う?と聞かれて、もう少し時間がたったらね・・・と言っていた彼女。犬や猫などのペットを飼うということは、かなりの確率でそのペットの死も体験すると言うことです。死を体験することがつらいからもう飼わないという選択肢もあります。最後に死んでしまうなら、何でそんなことしなければならないの?結局何のために生きたの?という思考もできます。人間でも同じことだと思います。人はみないつかは死ぬのですから。でも、私はきっと彼女はまた犬を飼うだろうと思っています。それはミカが生きた12年間、その一日一日の積み重ねや、一緒に過ごした時間の思い出は、最後にまたつらい思いをすることをわかっていたとしても、それでもなにものにも代えがたい、素晴らしいものだったからです。「たかが」ペットという人もいるでしょう。でも人間ではないけれども、生命をもっているものと、そんなに濃い関係を築くことができた彼女と家族の生活はまちがいなくより豊かなものになったし、これからも彼女たちはこの体験を選ぶだろうという気がしています。

“Life Loves You”

先日の記事にも書いたRemembrance Courseが昨夜7時半ごろ終了しました。私自身、参加者としての受講は2008年の6月でしたが、それから2年後の去年の6月からアシスタントとして参加してきました。一度コースを受講すると、アシスタントとしての参加ができます。参加者の時とはまた違った気持ちや視点でコースを体験できるため、より包括的な学びが体験できると言われています。何より、一緒にコースを受講し、またサポートをしている仲間とは、とても気持ちのよい時間を過ごすことができるし、初めて受講する参加者のために提供する時間や労力の何倍ものギフトを受け取ることができます。それはいろいろな気づきであり、学びであり、また自分が完全に受け入れられていると感じられることです。

今回は11人が参加し、日本人では18歳になっていた一(はじめ)君と、彼のお母さん、そしてもう一人21歳の青年がいました。一君は、ALSという難病を抱え、無理もないことですが、死が迫っているという状況で、コースを受ける前はとても落ち込んでいたそうです。12月11日に初めて彼の病気のことを知った直後から、このコースがきっと役に立つはずだと確信してその実現のために行動を開始し、多くの方の協力で、彼だけでなくお母さんも一緒にコースの受講ができることになりました。でも、正直なことを言えば、金曜日の夜はとても不安でした。行動を開始して参加費集めをしている時は「きっと役に立つ」という思いは確かでしたが、いざ参加が決定してコース開始の日が迫ってくると、「どんな期待をもってコースに来るのだろう」「どういう風に彼の助けになるのだろうか」という気持ちも湧いてきました。このコースは、すべての人に対して同じ質問をし、同じワークをするという形式ではなく、一人ひとりに必要な学びが得られるようにデザインされているので、何が起こるかということは文字通り蓋を開けて見なければわからないからです。金曜日の夜が始まった時、私が言い出したことで多くの方を巻き込んで二人をこの場に連れてきたのはいいけれど、もし「期待はずれだった」ということにでもなったら・・・という不安が頭をよぎりました。

金曜の夜は基本的な概念の説明と、チームワーク作りの活動をして解散になりました。土曜日の朝、一人ひとりの「順番」を決め、それぞれの参加者が前に出て自分の抱えているチャレンジや、コースに来た理由を説明し、インストラクターの導きによって段階を追って必要な学びを掴み取っていきます。今回の参加者の特徴としては若い人が多く、16歳~21歳が4人もいたことでした。また他の参加者も、自分についてもっと知りたいという好奇心を最初から持っている人ばかりだったので、グループとして打ち解けるのも比較的早かったように思います(意外に思うかもしれませんが、このようなコースに来ても、自分に好奇心を持つところまでとても長い時間がかかる参加者もいます)。

一君の順番は土曜日の夜、その日の最後でした。昼前にお母さんの番が来て、彼もそこに少しだけ登場しましたが、その夜まで、他の参加者は彼の病気のことは知らされていませんでした。その日一日中、一君がとても穏やかで、楽しそうで、他の参加者とも普通に交流をしていたためもありますが、インストラクターが彼の病気の話をした時、私にはみんながはっと息を呑む音が聞こえたような気がしました。涙ぐんでいる人も何人もいました。二人のインストラクターは、彼に対して「人生にはいろいろなことがある。いいことも嫌なこともその中には混じっている。でも、いいことだけを体験して感じて、いい気持ちにだけなることは難しい。悲しみや辛さを感じないようにするということは、気持ちを感じる神経を麻痺させるようなもので、そうしていると、喜びや嬉しさも感じられなくなる。生きるっていうことは、それらすべてが詰まっているパッケージなのだから」ということを説明しました。また、悲しみや辛さを表現できるような仲間や友達を作ることも、自分自身の責任なのだということも。

その後、その場にいる全員に対して、「一君に対して『可哀想』という気持ちを持つことは、彼がこれから先の人生を力強く生きていく助けにはならない。憐れみではなく、彼に対する愛情や感謝の気持ちから、あなたが彼から何を学んだか伝えてください」という指示がありました。一人ずつ前に出て、彼の手をとったりハグしたりしながら、彼がその人に何を教えてくれたか、彼の笑顔がどんなに素晴らしいか、彼が難病を持ちながらもこの場にいることがどんなに勇気を与えてくれたか、自分もつらいのにお母さんの気持ちを気遣う優しさに感銘した・・・などということを伝えていきました。中でも私が驚いたのは、自分の周りに殻を作って閉じこもっていた青年が「一君の存在があったから自分はこんなに早く殻を破って出てくることができた」と言ったことでした。一見、何の接点もないように見えた二人でも、そんなことを感じ取っていたのか・・と思いました。周囲を見回してもみんながこのことに対して同じ感動を味わっていたことは明白でした。

このコースの素晴らしさはこんなところにもあるのです。一人ひとりは自分のそれぞれの理由から参加してくるのですが、来てみると自分の存在が誰かのインスピレーションになったり、他の参加者が抱えているチャレンジを乗り越える手助けを文字通りすることになります。その結果、今まで行き場のなかった思いや、整理をするツールを持たなかったために封じ込めていた気持ちなどを表現し、昇華させていくことができるのです。面白いもので、その過程で、その人のために役を演じたりして手助けしている人にとって、それが必要な学びや癒しになっている・・・あるいは、それを受け取るのに最適な人が選ばれていくのです。こうして見ず知らずの人とだってこんなに濃い心の交流ができるという経験をすると、現在自分を取り巻いている人間関係についても、一呼吸置いた新たな視点から考えることによって、新しい道が開けてきたり、愛情や感謝の気持ちを持つことができたりします。

全ての人の順番が終わり、それぞれが次にとるべきステップをインストラクターから受け取って、日曜日の夜7時半すぎにコースは終了しましたが、中々去りがたい気持ちでみんな話をしたりお別れを言ったりしていました。会場を出て三村ご夫妻のお宅に向かい、そこで一君の一家も交えて夕食をいただきながら、一君は興奮した様子でコースのことを話していました。彼のご両親も、「表情が違う」と驚いていました。実は、コースの最中は一君とじっくり話すことはなかったのですが、その夕食の席で、彼は「このコースに来られて本当によかった。これから病気と闘う強い気持ちになれた」「教会にもサポートグループがあるんだけど、このコースで感じたみんなの愛情がとても嬉しかった」「4月の次のコースに戻ってきてアシスタントをする。10代のためのコースのヘルプもして、って言われたから、それもやる」と、これからの抱負を力強く語ってくれました。インストラクターからの彼の次のステップには、”Life Loves You”という言葉も入っていました。「毎日、この言葉を実感できることを何かすること」という課題でした。

今回、私もまた多くの学びがありましたが、ひとつだけあげるとすれば「リスクを取ることを恐れない」ことだったと思います。自分が大切にしているものや、いいと思っていることを人に伝えたり、そのイベントに招待することにはリスクがあります。拒絶されたり、今までと違う目で見られてしまったり、また実際に体験してもらって必ず楽しんでもらえるとは限りません。でも、その人が気に入るかどうかまでを自分の問題として引き受けるのではなく、結果を恐れずに、自分がいいと思うことは人に伝えてみること。「この人によさそうなんだけど、どうかな」と思いながら、恐れを優先させて行動をとらなかったら、その結果自分が傷つくこともないかわりに、その人にとって役に立つ経験になるかもしれないというチャンスもなくなってしまうのですから。インストラクターに”Thank you for taking the chance and bringing these beautiful people” と言われた時、このリスクならとる価値がある、と心の底から思いました。これから先も何度も何度もこのリスクをとるだろう、と。

次回のThe Remembrance Course4月29日から5月1日です。参加費は大人$475、学生$425で、申し込みを受け付けています。コースについてのお問い合わせはメール(etsuko@mypeacefulfamily.com)にてご連絡ください。

The Remembrance Course再び

今週末、またRemembrance Courseがあります。
このコースの詳細はこちらをご覧ください。

今回は、友人ご夫妻の17歳の息子さんが参加されます。彼はALS(筋萎縮性側索硬化症/別名ルー・ゲーリック病)という大変珍しい病気を患っています。12月に私の本の出版記念パーティで久しぶりにご夫妻にお会いして、息子さんの病気の話を聞いたときに、私はすぐに「Remembrance Courseに出られたらいいのでは」と思いました。お友達も多いご夫妻には仲間がたくさんいて、みんなも「何かできることはないか」と思っていることがすぐに感じ取れたので、協力を呼びかけ、短期間のうちに彼のコース参加費$425がすぐに集まりました。その後も寄付は舞い込み、ご家族からもう一人が参加できるだけの費用も集まりました。そのことが素直に嬉しいです。

実際に寄付を下さった方だけでなく、寄付を呼びかけたブログ記事に対して、100人を超える方が「いいね!」ボタンを押してくれたことにも感銘を受けました(「いいね!」ボタンが押されると、そのたびにリンクがシェアされて、波及していくのです)。また、Facebook上でもこのニュースを皆さんが協力して伝播させていたので、大きな広がりがありました。オンラインでの寄付も受け付けていたため、日本在住の方が真っ先に寄付を下さり、とても感動しました。

今日にはインストラクター陣がサンディエゴ入りし、コースは明日から始まります。私もアシスタントとして参加します。去年の6月を皮切りに、8月、11月、今回と、4回目のアシスタント参加です。アシスタントとして参加する度に、新たな学びや気づきがあり、結果的に『魂の洗濯』をしたような、とてもすっきりとした気持ちにさせてもらえます。また、週末の参加を、二人の子供たちの世話を引き受けることで可能にしてくれる夫の協力にも感謝しながら、参加してくれる方々のお役に立てるようにベストを尽くしたいと思います。今回、いろいろな形でご協力をいただいた皆様、本当にありがとうございました。

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