今年の目標

ここ数年、毎年1月にビジョン・ボードというものを作っていました。以前は活発に活動していたSix Figure Moms Clubというワーキングマザーの集まりを始めた人が主宰してくれていたのですが、去年その彼女はプライベート面で離婚を経験するなどさまざまなことがあり、今年はその恒例の集まりがなかったのです。なんとなく張り合いがない感じで新しいビジョン・ボードも作っておらず、今年はどうしようかと思っていた時、サンディエゴでライフ・コーチをしている友人の女性に「目標設定のワークショップがあるけど来ない?」と誘われたので二つ返事で行くことにしました。1月8日のことでした。

ワークショップは主催したその友人夫妻のリードで行われ、目標を設定する前にひとつひとつの質問に答えていくというプロセスがありました。目新しかった質問としては、「今年は何をやめるか」というのを考える時間があったことでした。前からやめたいと思っていたこと(タバコやだらだらテレビを見るといった習慣)などというわかりやすいものから、人や出来事に対する怒りや、過去にあったことについてずっとひきずっている後悔など、心の内面に向き合うようなものまで、彼女のガイダンスに従っていろいろな方面から考え、書いていくように言われました。何をするか、と同時に、何をやめるかについて考え、実行することは、物理的・精神的に限られているエネルギーを本当に大事なことに向けるために大切なことだという説明がありました。参加した人たちはみんなとても真剣に考えていました。その「何をやめるか」ということを書いた紙は、その後破って捨てたり、燃やしたりすることで、それらの事項と決別するというプロセスまでついていました。

全体では4時間のワークショップでしたが、既に次の予定が入っていたため私は目標設定の全ステップの見通しがたったところで中座しました。その後、家でワークシートを完成させ、一年のよいスタートを切ることができました。今年も去年のようにいくつかの大きな目標がありますが、そのひとつをやはりここに書いておきます。それは「著者あるいは訳者として塚越悦子と名前の入った本を5冊出版すること」。とても大きな目標で、現時点ではものすごく頑張ってやっと達成できるかどうか・・というところです。でも、簡単に達成できそうなことでは挑戦しがいもないし、見ている方もつまらないと思うので、敢えてこの目標を掲げます。また、目標到達への進捗状況については、随時このブログのメルマガに書いていきますので、ご興味がある方は、ぜひこちらからメルマガに登録してください。そして、皆さんにも是非「無理かな?」と思うくらいの目標を敢えて選択して、紙に書いたり、周囲に話したりすることをお薦めします。

人生の青写真

前回の続きです。
2007年の10月、次男誕生を目前にIndigo Villageの代表Susie Waltonが教えるRedirecting Children’s Behaviorという親子コミュニケーションコースを教え始めました。コースの内容に非常に感銘を受け、インストラクターになることを決意。このインストラクター・トレーニングの過程でRemembrance Courseを受けることになりました。

Indigo Villageで行われているこれらのコースを受けていくうちに、それまでよりもSpirituality(スピリチュアル的なもの)により興味が湧いて来ました。どのコースも特定の宗教色はありませんが、万物はつながっているという考え方、つまり”oneness”というコンセプトを大切にしていました。Remembrance Courseの次に受けた”Freedom To Be”と言うコースの教材の最後に、Onenessと題された一節が載っています。

“The largest living organism in the world is a grove of aspen trees in Utah. They each look separate but have a single united root system.

When we learn to stop blaming, we will be able to recognize how we are all one and cannot harm one another without harming ourselves…..”

これは、一見、別々の木のように見える枝が実は根っこではつながっていること。私たち人間も同じで、周囲のせいにしたり責めるのをやめたとき、私たちはみんなひとつであり、自分自身を傷つけずに相手だけを傷つけるということは有り得ないということに気がつく、と言っています。

先日、オレンジ・カウンティに住むスピリチュアル・カウンセラーのMieさんとお話をしたときにもこの”Oneness” という言葉が出てきました。せっかくの機会なので、私たちのインターネットTV番組「Wealthy Life TV」にご出演いただき、「人生の青写真」という考え方についてお話しいただきました。Mieさんによると、魂は「この世ではこんな学びをしよう、そのために必要な経験をしよう」と自分で決めてくるのですが、生まれるときにそのことを忘れてしまっているそうなのです(次に何が起こるかわかっていたら効果的な学びにならないので)。それぞれの魂には果たすべき役割や使命があり、それを達成したときに寿命が来る、と。また、魂の学びにもレベルがあり、よりハイレベルな学びをする魂は、チャレンジの多い人生を自ら選んでくる、それはあたかも自分で「中学レベル」や「大学レベル」などの問題集を選んで来ているようなものなのだそうです。でも、魂はそれぞれ自分の成熟度を知っていて、手に負えないレベルを選んで来ることは絶対に有り得ないということでした。

この考え方は既存の宗教とは少し離れたものかもしれません。例えば仏教では親より先に死ぬことは親に悲しみを与えるため重罪という考え方をしています。でも、Mieさんのお話ししてくれたこの考え方では、使命を果たしたから寿命が尽きて今生が終わった、ということになります。人は自由な思考能力がありますから、どの宗教を信じるか?どの考え方を採用するのか?は自由に選択ができます。いろいろな考え方があるからこそ人間らしいのであって、みんながこの考え方に賛成する必要はありません。ただ、みろくを亡くした経験のある私にとって、大切な赤ちゃんが「親不孝の罪をつぐなうために賽の河原で石を積んでいる」と思うよりも「魂の学びのためと、私たちに何かを教えるために来てくれて、そして使命を果たしたから去っていった」と考えるほうが納得がいきました。

また、「魂が人生の青写真を自分で選択してくる」と考えれば、現状がどんなに苦しかったとしても「乗り越えられないはずはない」と知る・あるいは信じることで、生き続けられる場合もあるのではないかな、と思います。例えばいじめられていたり、夫婦仲が悪かったり、子どもが暴れていてその瞬間は可愛く思えなくても、自分にはその状況をなんとかする力があると信じて、何かいい方法ないかな?と問いかければ、脳もそれに答えようとするでしょう。Mieさんのお話を伺って、現代に生きる人々の多くに勇気を与えてくれる考え方ではないかな、と思いました。「人生の青写真」以外にも示唆に富むお話がたくさんありましたので、見逃した方は是非こちらから録画をご覧ください(音声が不安定なので聴きづらいかもしれません。Mieさんの周辺ではよくあることとおっしゃっていました)。Mieさんのブログはこちらです。

あなたは神を信じますか

大昔ですが、日本で表題のフレーズが流行ったことがありました(日本に来ていた宣教師の口調を真似たカタコト日本語風でした)。日本人が海外に出て初めて気がつくことのひとつに、日本人と外国人との宗教感覚の違いがあります。私は高校生の時にAFS交換留学生としてドイツに行った際、ホストマザーから「日本ではクリスチャンが人口の3%ほどしかいないのに、なぜ教会でのウェディングがあれほど盛んなのか」と聞かれてうまく答えられなかったことがありました。とても印象深い体験として今でもよく覚えています。

著書「国際結婚一年生」でも書いていますが、その後結婚してアメリカに来た時も、あなたの信仰は何か?ということを問われる機会が少なからずありました。一時は夫の家族関係を壊しかねないようなところまで発展したこの問題に、私は「日本人同士だったらここまでにはならないのではないか」と感じました。

アメリカで”Do you believe in God”? と聞かれる場合、かなりの確率でそのGodはキリスト教の神を差しているといっていいと思います。ホテルに泊まれば必ず部屋にはキリスト教の聖書がありますし、数字の上だけから言えば人口の80%近くが「自分はクリスチャンである」と言う社会では、「神がすべてを創造した」という見地から、ダーウィンの進化論を公立の学校の授業で教えるべきではないという議論が真剣に行われたりします(創造論といわれる考え方です)。このあたりは、日本で生まれ育ち、特にキリスト教に関する宗教的・学問的な教育を何も受けずにきた人にとってはすぐには理解しがたいものがあるのではないかと感じます。いずれにしても、日本にいる時と比べると、アメリカで暮らしていると宗教についてより考える機会が増えることは確かでしょう。

また、多様な文化が混在するアメリカでは、キリスト教以外にもさまざまな種類の宗教を信仰している人々が多くいます。たとえばクリスマスを祝わないユダヤ教のご家庭では、子どもをクリスマス会にも参加させない方針ということもあります。今年のクリスマスは家族でサンフランシスコに行きましたが、クリスマス当日の12月25日に唯一開いていた博物館は”Contemporary Jewish Museum”でした。そこには、仏教も神道もキリスト教もある意味寛大に受け入れ、それぞれ宗教的な意味を持った行事を部分的にでも生活に取り入れてお祝いやイベントをしている日本人の習慣からは遠く離れた、「明確な線引き」のようなものがあるように感じます。

私の宗教(的なもの)との関わりは、夫の家族とのことを別にすれば、サンディエゴに来てから何回か仏教のお寺のサービスに行った程度に限られています。でも2007年にIndigo Villageに出会ってから、宗教というよりはスピリチュアル的なものについて、日本にいた時よりも高い関心を持つようになりました。これについてはより詳しく次回の記事で書くことにします。

心から外に出ないものごと

心から一歩も外に出ないものごとは、この世界にはない。
心から外に出ないものごとは、そこに別の世界を作り上げていく。


これは村上春樹の「1Q84」の2巻目の帯に書かれていた言葉です。
12月に日本で第3巻を入手したことをきっかけに、改めて第1巻から読み返していて見つけました。最初に読んだときには特に気に留めなかったのですが、2010年の終わりにこの言葉を見つけて、なぜかとても気にかかっていました。

その理由のひとつとして、「感じる気持ちには良し悪しはない」という考え方があります。私が教えている親子コミュニケーションコースでは、「『ポジティブな感情』・『ネガティブな感情』という価値判断は私たちが勝手に行っているだけで、どんな感情もそれ自体は中立である」というコンセプトを提案しています。例えば、子どもが何らかの事情で泣き出してなかなか泣き止まないとき、私たちは場合によってはとてもいらいらしたりします。

でも、「泣くこと」自体はよくないことでしょうか?
泣くことにはいろいろな利点もあります。大人の私たちでも、泣きたいだけ泣いたあとというのは気分がすっきりしたりするものですよね。適切な形での感情の表現や発散は必要なものだと私は考えています。

たとえば、痛みや悲しみなど、一般的には『ネガティブ』とされている気持ちを感じることは「つらい」という思い込みにより、その気持ちに浸ることを避けてしまった場合・・・じっくりと感じつくされなかった感情や、表現する場のない感情というものは体内にたまっていきます。ストレスや心配事をうまく発散したり解決したりできずにそのままにしておくと病気になってしまうことは、多くの人が自ら体験したことがあるか、あるいは体験した人を知っているのではないかと思います。

村上春樹の「1Q84」は小説ですが、この言葉は私にとって非常にリアルな響きがありました。心の中で何かを思ったり考えたりしても、それをその場で思いのままに表現することが不適切であれば、そうせずに生きていく術を大人であればもっていなければなりません。そのスキルを持たなければ、普通に社会生活を送ることも難しい場合もあるでしょう。でも、心の中で感じたけれど、何らかの形で表現しなかった、あるいはできなかったことは、そこに別の世界を作り上げていき、場合によってはその人の現実の世界にも影響を及ぼしていくとしたら・・・それが本当であるなら、人は心の中で思ったことについての責任のようなものをいずれ何らかの形でとることになる、ということかな・・と、正月気分をあまり感じさせないアメリカで迎える新年の2日目に考えました。

2011年、どんな形で私の心の中のものごとが実現化していくのか、または別の世界を作り上げようとするのか、楽しみでもあり、また心していかなければ、という気持ちがしています。皆さんは今年実現させたいものごとについて、心の中にどんな絵を描いていますか?心の中にある、「こうはなってほしくない」という気持ちについてのケアはできていますか?

私のヒーロー達が出会った夜

「世界征服へのやさしい手引き」を書いたクリス・ギレボーの全米ブックツアーが進行中です。昨日は夜7時から、アトランタでイベントがあることをFacebookで現時時間の6時半過ぎに知った私は、出張でたまたまアトランタに居る夫に電話で知らせ、そのイベントに行ってもらいました。夫にとってクリスは「ブロガーで、飛行機のマイルを集めることにやたら詳しくて、私がインスピレーションを得ている人」という程度の認識があるだけの存在でしたが、昨日を境に「現実の人」になりました。

自分が「いいな」・「やりたい」と思っていること、あるいは「一生懸命取り組んでいること」について、パートナーに理解してもらうこと。これは私にとってとても大切なことです。それだけでなく、私がそういったことの情報やインスピレーションをどこから得ているのかを知ってもらうという意味で、昨日の夜、夫がそのイベントで実際にクリスの話を聞き、またクリスのメッセージに賛同して集まっている大勢の人たちと交流する機会があったことは本当に嬉しい出来事でした。各都市でのイベントは、クリスの呼びかけに応えたボランティアによって場所をおさえたり告知したりなどの企画・運営が行われますが、昨夜のアトランタでのイベントは、他の参加者のブログを見る限りでも、クリスにとってもかなり思い出深いもののひとつになったようです。クリスは最近タイのチェンマイに行ったときに、虎の檻の中に入れる園に行って、自分の本を持って虎と写真を撮ったのですが、その風景を誰かが壁紙に描いてそれが飾ってあったそうなのです。(その写真はこちら。クリスの顔の部分がくり抜いてあって写真を撮れるようになっています。遊び心満載のおもてなし!)

ブックツアーのイベントで何が起こるかは、それぞれの場所で集まる人数や、参加者の希望にもよるそうですが、昨夜はクリスの講演がありました。自分のやりたいことをしながら、他の人の役に立つようなことをすること。「どうやって早く終わらせるか」という効率ばかりを追い求めるのではなく、「なぜそれをするのか」という目的をもって、ひとつひとつのことを行うこと。「パーソナル・ブランディング」でなく「パーソナリティ・ブランディング」を意識すること、などについて話があったそうです。

9月に発売された彼の本“Art of Non-Conformity” は全米の書店やオンラインで購入できます(一時はあまり売れすぎてアマゾンで値段が下がり、$5台にまでなっていました)。また「Lifehacking.jp」というサイトを運営している堀正岳さんという方のレビューをこちらで読むことができます。現在アメリカ在住で、これらのトピックに興味がある人は、是非こちらで今後のブックツアーのスケジュールをチェックしてください。クリスがあなたの住む町にやってくるかもしれません。

親友のお母様

サンノゼに住む親友のマリのお母様が昨日亡くなりました。癌が再発したことがわかって、涙声ながらも「これからまた頑張って闘う」と言っていたのは9月9日のこと。それからちょうど一ヶ月であっという間に逝かれてしまいました。

winter20flowerマリは2週間ほどずっと病院に寝泊りして、実は先週の土曜日に「もう明日にでも」という状態だったそうでした。もう死ぬことはわかっていて、でも少しでも長く生きて欲しくて、でも苦しんで欲しくなくて・・・この2週間、どんな思いで彼女は病院でお母様の側についていたでしょう。マリが「もうだめそう」と言っていた先週は、私は「突然の別れもつらい。目の前で死なれるのもつらい。でも選択肢があるなら、私はマリのように最後までみとってあげたい」と思っていました。今でもそう思っていますが、「もう助からない」とわかってからも10日近く、避けられないその時を待ちながら過す時間も、心身ともに消耗するものだったに違いありません。

昨日の夜、電話で話したとき、マリは驚くほど落ち着いていました。ただ単に医療を行うだけでなく、ホリスティックな考え方を採用しているその病院では、とても手厚いケアを受けたそうです。また、患者だけでなく付き添いの家族に対しても細やかな気遣いがあり、ビジュアリゼーションという方法の瞑想をガイドしてくれる人が来て、3回ほどそれを行ったということでした。多分、その2週間と言う時間があったから、マリはお母様の死を受け入れる準備ができたのでしょう。「自分はキリスト教ではないけど、母の魂はどこかにあると思うし、心を静かにしてオープンにすれば、母親のプレゼンス(存在)を感じることができると思う」と言っていました。「妹や父親はそんな風にはとても感じられなくて、ただ悲しむだけでかわいそうだ」とも・・・

面白かったのは、マリがこの話を始める時、”You became much more spiritual than the time we first met” という前置きをしたことでした。「あなたは私たちが最初に会った時よりもずっとスピリチュアルになったわよね」ということで、それには私も思わずにっこりしてしまいました。こういう話は、話す相手を選ばないと・・という日本人みたいな気遣い(彼女のお母様は日本人、お父様はアメリカ人)もそうですが、実際に私自身もそうだな、と思ったからです。みろくを亡くしたこともそうですが、3年前にインディゴ・ビレッジに出会ったことも大きなきっかけだったと思います。特に特定の宗教や宗派の考え方で・・・ということではないのですが、人生とは、生きるとは、死とは・・ということに対して以前よりもずっと興味があることは確かです。また、国連に勤務している時にジレンマとしていつも感じていた貧富の差や、「与える側」「与えられる側」の差にも、当時とは違う考え方をしている自分に気がつくこともあります。

大学院時代のルームメイトだったマリと、当時は考えられなかったような話を二人でしていることに、時の流れとともに、同じ言葉で話ができる嬉しさも感じました。マリのお母様は私も何度もお会いしたことがありますし、アメリカに留学で来た私を家族のように受け入れてくれた本当に素晴らしい方でした。マリのお母様の冥福をお祈りします。

父の言葉

前回のエントリー「The Remembrance Courseについて」でも述べましたが、私たちの人生観、世界観というのは、幼少期の体験がもとになって形成されていfather-and-son-beachます。これは、何もネガティブなことばかりとは限りません。私はMy Peaceful Familyという会社を立ち上げて、様々な活動をしていますが、そのひとつに「自己発見・自己実現のサポート」があります。何故これが大切か?というと、本当に自分の好きなことや、やりたいことに満ちた生活をすることが、心穏やかになるひとつの大きな要因だと思うからです。

このあたりのことを、Facebookのプロフィールに載せる作業をしていました。最近になってFacebookがどれほど日本でも注目されてきたかということに気がついたので、今まで英語ばかりだったページを書き直し、日本語での情報発信を増やしていこうと、その作業をするうちに改めて思い出した昔の記憶のシーンがありました。

私が小学生だった時のことです。ある日、家族で食卓についてご飯を食べながら、「将来何になりたい」という話をしている時だったのでしょうか、父がこう言ったのです。「自分とよーくおはなしをして、大人になったら、本当にやりたいことをするんだよ。そうしたら幸せになれる」と。その時、4年生かそこらだった私は「自分とおはなしをするってどういうこと?」と思いました。でもその時に感じた、何ともいえない、勇気が湧き上がってくるような、将来が楽しみになるような気持ちは覚えています。

私はそれから、高校の時にドイツ語も大してできないまま一年間ドイツに交換留学をしたり、アメリカの大学院時代にはジンバブエの非営利団体でインターンシップをしたり、色々なことを経験してきました。その中には、結婚でアメリカに移住するために国連を辞めたり、今回は安定した職場を辞めて起業したり・・・と、人から見ると「勇気があるね」「大丈夫なの?」と言われるようなこともあります。今から考えると、これらの活動の原動力は、あの時の父の言葉だったのかな・・という気がしています。今幸せかどうか?と問われれば、間違いなく幸せです。もちろん、自分ひとりの力ではありませんし、周囲の愛情や理解にとても恵まれていると日々実感しています。でも、「私はこれがやりたい」と表明することで初めて得られるサポートもありますので、自分を信じて、最初の一歩を踏み出すことも必要です。

皆さんにも、是非「自分とよーくおはなし」をしてほしいと思います。そして、周囲の未来ある人々にもそのやり方を教えてあげてください。

“The Remembrance Course”について

私が教えている「RCB親子コミュニケーションコース」のインストラクターになるために受講したコースのひとつに、「The Remembrance Course」というものがあります。1年に数回行われるこのコースでは、幼少期の体験から形成される人生観を見直すことができます。親がどんなに愛情を持って子どもに出来る限りのことをしたり、兄弟同士を比べないように・・・などと気をつけていても、子どもがどのような体験からどんな結論を導き出すのか、そこまでコントロールすることは不可能です。また、同じ出来事を同じように体験しても、兄弟がまったく違った感想を持つということもあるでしょう。親子でなくても、良かれと思って相手にしたことが、思っていない解釈をされてしまった・・ということは、誰にでもある経験ではないでしょうか。

そこで、人生のあるタイミングで自分と向き合い、人間関係やキャリア形成などの面で鍵となるセルフ・エスティーム(自己肯定感)を高めることは、その後の人生においてポジティブな影響を及ぼすことになります。この「The Remembrance Course」はそのひとつの機会です。今年の8月に行われたコースに、高校を卒業されたばかりの18歳のお嬢さんを参加させたご両親がインタビューに応じてくださいました。

次回のサンディエゴでのコースは11月に行われます。コースは全て英語で行われますが、日本語での通訳など万全のサポート体制があります。ご興味をお持ちの方、もっと詳しく知りたい方は、是非メールにてご連絡ください。

世界征服のやさしい手引き

挑戦的なタイトルのこの無料の電子書籍は、クリス・ギレボーという人が2008年に書いたもので514b0wucvl__ss500_す。彼のマニフェストでもあるこのレポートは、世界中で何百万回とダウンロードされて読まれています。今まで中国語、フランス語、スペイン語版が出ていましたが、この度、ツイッターで知り合ったまささんと私が共同で翻訳し、日本語版が完成しました。

この機会に日本人にもクリス・ギレボーを知ってもらうべく、彼について紹介します。私は彼について去年の夏ごろに初めて知りました。コーチングの資格を取るべく取っている講座で、彼について「30歳ちょっとで、35歳までに世界中の国を旅すると言っている若者がいる」と紹介されていました。また、彼のウェブサイトはArt of Nonconformityといい、規則やしきたりにとらわれず自分の信念に基づいた自由な生き方を構築していくことを目指しています。私も以前は国連で働いており、休暇と仕事を含めて今までに37カ国に行った事があることが密かな自慢でしたが、彼はその時点で既に100カ国に行っていました。その時点でとても興味を持ち、彼のウェブサイトに行ってみると、
・世界中の国を訪れるために、マイレージやその他の「トラベル・ハッキング」と言われるテクニックをフル活用する旅行の達人である
・大学卒業後、西アフリカで4年間ボランティア活動をした
・一度もいわゆる「まっとうな仕事」についたことがなく、自分の力で食い扶持を稼いできた

などのことがすぐにわかり、ブログを定期的に読むようになりました。ブログを読むようになって、

・文章を書くことで身を立てたいとの思いからブログをはじめ、短期間のうちに月100万人以上が見るウェブサイトにしたこと
・場所にこだわらないビジネスを自ら立ち上げ、成長させ、他の人にも同様に自分の夢を追いながら身を立てることを応援をしていること
・自立と家族のために稼ぎながら、チャリティを始めとした社会貢献にも関心が高く、「足るを知る」を体現していること

などのことを知りました。ブログの話題は、ビジネス、旅行、人生と多岐にわたるものの、毎週、多くの人のインスピレーションとなるような濃い内容を発信している点にも共感しました。人間的にも、ヨガをやり、マラソンを走り、また村上春樹の熱心な読者であるなど、バイタリティ溢れる魅力的な人です。

最初は一読者としてブログにコメントをしたり、自分のブログでも彼のことを書いたりしていましたが、そのうちにツイッターで交流するようになり、ある日ツイッター上で「来週水曜日サンディエゴに行くけど、いる?」とのメッセージが。8人ほど集まったTweetup(ツイッターでつぶやいている人の集まり)で実際に会うことが出来ました。それまでにもビデオ・ブログなどで話している姿を見たことがありましたが、実際に話していても本当にNice Guyという感じの人でした。どんな人?とお思いの方は、このマニフェストについて彼が語っているビデオがありますのでご覧下さい。

「世界征服」というと何だか大掛かりですが、自分にできるところから変革を起こすという趣旨です。非営利団体や国際協力に興味がある人にはおなじみのコンセプトですし、最近は日本でも「社会起業家」と言う言葉が一般的になってきましたが、要するに身近なところから「社会を変える」・「世界を変える」、そのための活動をすることです。このマニフェストでは、「この世で最も重要な二つの質問」が出てきます。この質問に答えることは、学校のテストでいい点を取ったり、いわゆる”いい大学”に入ったりするのとはまったく別の能力が必要とされます。

クリスに「日本語版公開にあたってメッセージはある?」と聞いたところ、こんなメッセージを書いてくれました。
“I’m thrilled that the message of non-conformity is now available to Japanese readers. Many people all over the world are questioning traditional assumptions and pursuing their own path. I hope that the manifesto is encouraging and uplifting wherever it is read.”

是非多くの人に読んでいただきたいです。

子どもの心の行き場所

古荘純一先生の著書「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか」の第4章に、「家庭がほっとする場でないと、子どもの心の行happy-familyき場所がなくなる」と言うことが書かれています。考えてみれば、子どもでなくても、家庭がほっとする場でなければ帰るのがつらいのは理解できるでしょう。でも、子どもは大人と違って、家に帰る前に同僚とどこかに寄って一杯やってくるとか、スポーツジムに行って汗をかいてから・・ということができません。家族の仲が悪かったり、忙しい親のストレスでぴりぴりしている状況では、ますます子どもの心の行き場所がありません。

その他にも、
・    塾や習い事など、自分の能力を超えるスケジュールをこなしている
・    情報過多で色々なことを知っているが、その言葉の正確な意味や使い方を知らずに混乱している
・    少子化の影響で、両親や祖父母の期待を一身に背負わされ、「良い子」であろうとするために心が休まらない
などの原因で、虐待を受けていないにもかかわらず、心理学的には非常に類似した傾向を示したり、大人から発せられるメッセージを被害的に受け止めたりする場合がある、ということが書かれています。

私が子どもの時のことを考えると、小学校は本当に楽しい時代でした。高学年になると中学受験のために塾にいくようになりましたが、それでも私の思い出の中でその時代は圧倒的な輝きを保っています。何の悩みもなかった・・とは言いませんが、もう一度やりなおしてもいいくらいです。公立の学校で行われている一斉授業などは今も昔も変わらないと思うのですが、古荘先生は「子どもたちにとって学校は、ストレスの多い場所であり、自尊感情も保てない場所になっている」という印象をお持ちです。確かに私が小学生だった頃は、子どもに対して「ストレス」という言葉を使うこともなかったのかもしれません。ただ、本当に上記のような環境で育つ子どもが高いストレスを感じながら学校に行っているのであれば、家庭で子どもが安らげるかどうかは大変重要です。RCB親子コミュニケーションコースでは、子どもの行動や感情を親がコントロールしようとするのではなく、如何に自分自身でコントロールしていくか、親がどうしたらそれを教えてあげられるか、という方法を学ぶことができます。

*電話コースにより、サンディエゴ以外にお住まいの方も受講されています。また、7月からスカイプで日本在住の方も受講できるようになります。

4 / 512345