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ヨガの授業から訴訟問題に発展

こちらの記事に書いた「ヨガを学校の授業の一環として教えることは合衆国憲法に反するか」という問題について、きのうになって反対していたグループが訴訟に踏み切ったということが報道されていました。先日の記事を書いたあとに、日本でも柔道などの武道が体育の授業の一環として教えられている状況があり、保護者の反対があっても参加はほぼ強制という状況があるというコメントをいただきました。これをきっかけに、アメリカの場合を考えてみましたが、アメリカではホームスクールという選択肢も一般的になっているくらいなので、親がある授業への参加を認めない場合には、その授業を受けないというオプションもあるだろうことは予想がつきました。例えば、クラスで地域の動物園や消防署などを訪ねる遠足があった場合でも、親の許可を求める手紙があらかじめ配布され、親の許可サインがない場合は参加できないことになっています。

調べてみたところ、やはり予想通り、子どもをヨガの授業に出席させたくない場合は、ヨガの時間は同じ学年の他のクラスの授業に参加するなどの対応がとられています。ただ、訴訟の内容として、ヨガがそもそも“inherently religious”(本質的に宗教と関わっている)であるため、公立の学校で教えられるべきではないという主張に加え、 「(ヨガの授業に出ない子どもは)州で保証されているはずの最低限の体育の授業時間数にあたる教育が受けられない」。したがって、全校においてヨガの授業は廃止するべきだという主張もあるとのことでした。

これに対して教育区は「訴訟と言う事態になり非常に驚いている。保護者の理解を得るために最善の準備をしてきたし、今後もヨガのプログラムは続けるつもりだ」とのコメント。ともかく訴えられてしまったら法廷で争うための用意が必要になりますが、この問題の教育区があるエンシニータスという地域のカルチャーもあるのか、既にいくつかの法律事務所が「プロボノ(無料)で弁護を引き受けます」という意思表明をしているそうです。ヨガの授業に反対する署名は260に対し、賛成する署名は2700という数字が示すとおり、大多数の保護者はこのプログラムを支持している状況で、どのような決定がくだるのか、非常に興味を持っています。

ヨガを小学校で教えることは違憲?

先日訪れたMeditation Gardenのあるエンシニータスという町は、サンディエゴ郡の北部に位置しています。ビーチ・タウンでもあるこの町はパワースポットとも言われ、色々な宗教に基づく信仰のための建物や場所、または様々な種類の癒しを生業とする人々が多く住んでいます。年に何回かリメンバランス・コースが行われるのもこの町です。

このエンシニータスのEncinitas Union School Dirstirctという教育区の小学校において、学校の授業の一環としてヨガを教えるというプログラムが行われています。The K.P.Jois Foundationという団体から、学校でのヨガのプログラムのために$533,720を教育区に寄付があったのです。去年から既に一部の学校でプログラムが始まり、今年に入りこの教育区のすべての小学校でプログラムが始まることになっています。保護者には概ね好意的に受け入れられているこのヨガのプログラムですが、一部の保護者から「ヨガはヒンズー教を広めるものである」として反対する動きがあることがニュースになっていました。この保護者のグループはヨガのプログラムを中止しなければ教育区を訴えると明言しているようです。

私もサンディエゴやハワイにおいて、色々なタイプのヨガのクラスに出たことがあります。それぞれのヨガのクラスには独自のカラーがあり、例えばスポーツジムで行われるヨガのクラスの中にはストレッチや筋肉を鍛えることに重点がおかれているものがあれば、ヨガだけを教えているようなスタジオでは、よりスピリチュアルなことに重きがおかれているものもあります。ハワイで行っていたサンセット・ヨガでも、クラスの冒頭で必ずインストラクターから心の状態に目を向けるようにという言葉がありしました(『他人の成功を喜ぶこと』もそのひとつです)。また以前行っていたオーシャン・ビーチのナマステ・ヨガというスタジオでは、クラスの最初と最後はインストラクターの奏でる楽器にあわせてサンスクリット語の詩を唱えることになっていて、ヨガのルーツを強く感じさせる雰囲気がありました。

このように、ヨガと一言で言っても様々な種類のものがあり、またインストラクターによってどのくらい「スピリチュアル色」を出すかということも違ってきます。こうした保護者の心配に応えるべく、教育区は事前に保護者を招いた説明会も催したとのこと。また、学校で教えられるクラスは、マントラを唱えたり、胸の前で手を合わせて「ナマステ」のポーズをとるなど、少しでも宗教色があると解釈されるものは省いたプログラムになっています。前述のニュース記事の後半では、キンダーのヨガのクラスを見学した親が、自分の子どもを退室させたことが書かれています。この保護者は、太陽礼拝という一連のヨガのポーズを見て「キリスト教の教えでは主のみが礼賛されるべき。太陽礼拝はキリスト教の教えに反する」と感じたそうです。

記事ではまた、以前から、公立の学校において祈りが行われることの是非について議論が続いているけれども、憲法の専門家によると、実は法廷ではまだ「何をもって宗教とみなすか」ということが明確に定義されていないと書かれています。また法廷でヨガを宗教的な行為とする判決が下されることはおそらくないであろう、とも。この専門家は、今のアメリカにおいてはヨガは完全に市民権を得ており、多くの人は特定の宗教のことは頭にないであろうからという理由を挙げていました。

エンシニータスで、ヨガのプログラムが授業の一環として行われている学校にお子さんを通わせているお母さんと話をする機会がありましたが、「反対しているのは一部の保守的な(多くは)クリスチャンの家庭で、子どもにまで『ヨガは宗教的だから良くない』と教えている」とコメントしていました。何でも、反対している家庭の5歳のお子さんが、彼女のお子さんに向かって「ヨガをすることはキリスト教でなくヒンズー教を信仰することだ」と言ったのだそうです。宗教の自由を求めて国を離れた人々がアメリカ合衆国の始まりであることを考えると、少しでも自分たちの宗教が脅かされると感じると、それを除外しようとするこうした動きに出る人々がいるというのは、ある程度想定内のことかもしれません。アメリカ中でも、現在のところ授業の一環としてヨガが教えられているのはこの教育区だけ。教育委員長は「全米中の学校のモデルになれるように手を尽くす」と述べています。ヨガの心と体への効能を身をもって体験している私としては、ヨガは子どもたちにもポジティブな変化をもたらすものだし、学校の授業でやってくれたら楽だな・・・とは思いますが、これも宗教には寛容(あるいは無頓着)な日本人だからかもしれません。エンシニータスでの訴訟問題について、また追いかけてみたいと思います。

他人の成功を喜ぶこと

ハワイに来た翌週から週に一度通うようになった「サンセット・ヨガ」。刻々と変わっていく空と海の色を眺めながらヨガをするたびに、この場所にいられることへの感謝の気持ちでいっぱいになる最高の時間です。

クラスは、インストラクターのリードによって座って目を閉じて深呼吸をするところから始まります。このとき、日常のあれこれなどをいったん手放して、ヨガを行うこと、自分のために時間をとっていることを喜びましょうというようなことを言われるのですが、今まで参加した回では必ず彼女が付け加えることとして「他人の成功を喜びましょう」というものがあります。

これを聞くたびに私の頭の中にはFacebookのタイムラインが浮かぶのでした。Facebookのタイムラインを見ていると、成功や幸福というイメージばかりが多く、時に疲れたり嫉妬したりしてしまう・・・という声を聞いたことがあるからです。もちろん、ソーシャルメディアがなかった時代にも、いくらでも他人の成功や幸福を垣間見る方法はありましたが、今の時代はますます「人が何をしているか」を見聞きする機会が多くなっていると言えるかもしれません。そしてその結果、嫉妬というほど強い感情ではないにしても、「うまくいっている」「楽しい思いをしている」人々の様子を見るにつけ、つい自分の現状と比較してしまったりして落ち込んだり嫌になってしまう・・・という人がいても不思議ではありません。

疲れていたり、何かの犠牲になっているような気がしてしまっている時、他人の成功を喜ぶことはときに難しいものです。たとえ、他人の成功を心から喜ぶということが、思考の波動という意味では高いものだということを理性的には知っていても。誰にでもFacebookのタイムラインを見て(あるいは新聞やテレビなどで活躍していたりうまくいっていたりする人の話を聞いて)「ふーん、よかったね・・・でも心から喜べる気分ではない」と感じてしまうことはあるのです。おそらく、それでも自分の目標に向かって進んでいける人というのは、その思いを自分を駆り立てることに転換できる人、あるいは少なくともその状態に長くは留まらない(ことを選べる)人なのではないでしょうか。

このヨガのインストラクターもそういった人のひとりのような気がします。まだ3回ほどしか会ったことがありませんが、決して声高に何かを言う感じではないのに、芯の強さや秘めた闘志を感じされる素敵な女性です。ネットを見ながら邪念にとらわれる時間が長くなってしまった人は、思い切ってPCを閉じて、外に出てみるといいのではないでしょうか。週に一度、色々なことを「リセット」できる時間。これからも、この時間は家族の協力を得ながら死守していこうと思っています。