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War and Peace

photo-1447755086558-cb9e3830d677また新しい年が始まりました。英語でNew Year’s Resolutionという言葉がありますが、これは一年の始めに「今年はXXをしよう」と決めるものです。個人的には、Goal(目標)よりももう少し強い、「誓い」みたいなニュアンスなのかな?と感じています。

2015年という年は、自分としてはあまり満足のいく年ではなかったと(去年のうちは)感じていました。2014年の後半に、海を越える大きな引越しをして、生活がやっと落ち着いた春ごろから、なんとなくやる気の出ない時期がずっと長く続いたのです。今から思えば、数年越しの夢を実現させたことや、また新生活の立ち上げのストレスや緊張感などからくる疲れがでて、ある種の燃え尽き症候群だったのかもしれません。せっかく日本にいるのだから、もっと多くの人に会ったり、いろいろなことを仕掛けたりしてビジネスのチャンスを広げなければという焦りもあったりして、なかなか思い通りにものごとに集中できない自分に対していら立ちを感じることが多かったように思います。

また、これは典型的なワーキングマザーのジレンマでもあるのでしょうが、子どもたちと一緒にいるときには「仕事を頑張っていない」という気になり、子どもが学校や保育園に行ってひとりになる昼間は「子育てをきちんとできていない」という気持ちに(今までになく)苛まれたこともありました。アメリカにいるときでも、長男が生まれた2006年からずっと子どもを預けながら働いてきましたが、私は結婚する以前は「働くこと」もひとつの大切なアイデンティティであったため、この部分に関してはそれほど深刻に悩んだことはありませんでした。このジレンマを強く感じるようになったのは、日本に移住してきたからでもあったのかな、と今になって思います。アメリカで生まれた子どもたちにとっては日本は外国でしたし、特に日本の学校に通い始めた12月からの数か月間というのは、彼らもそれまでの人生の中で一番チャレンジングな時間を過ごしていたでしょう。彼らをこのクレイジーな冒険に巻き込んだ当事者として、もっとサポートしなくちゃいけないのに、というプレッシャーを無意識のうちに自分にかけていたのかもしれません。

でも年が明けてから改めて、去年動いてきたことの成果として、今年起こる予定のふたつのことについて書いてみたら、そんなに悲観したものでもなかったのかな、と思えてきました。ひとつは、横須賀基地で、基地に勤務しているアメリカ人と交際(婚約、結婚)関係にあるというカップルを対象に “Cross-cultural relationship workshop”を今月から月に一度開催すること。そしてもうひとつは、2012年にハワイで出会った“Attached”を私が翻訳した本がプレジデント社から出版されることです。また、アメリカにいたときは主に国際結婚をして困っている人からのご相談が多かったのですが、日本に来てからは、国際結婚を目指した婚活をしている方のサポートにも需要があることがわかり、仕事の幅が広がってきました。春にはグループコーチングを行い、参加してくださった皆さんからは高い評価もいただきましたし、いくつかのコラボセミナーも行いました。

クリスマスの日から旅行に出かけ、旅行の終盤で迎えた年越しはシンガポールでしたが、元旦になってからやっと「2015年はいい年だったんだ」ということに改めて気がつき、なんだか少しもったいないことをしたような気持ちになりました。「もっと達成できたのに」という意味ではなく、いろいろと素晴らしいことが起こっていたのを、そのときそのときにちゃんとappreciateできていなかったかもしれない、ということに対して。

そんなときにFacebookでLodro Rinzler”A Different Kind of New Year’s Resolution”という記事を目にしました。これは2014年の暮れに、2015年に向けて書かれたものですが、読んでみるとまさに私が2015年を過ごした心境について言及されていました。それは一言で言うと “berating”つまり厳しく批判するということです。彼は「多くの人は、前の年にできなかったことや自分の変えたい部分を新しい年に『頑張ってやり遂げよう(変えよう)』とするけれど、できていないところを直して満足しようとするのではなくて、現時点での自分自身をよりよく知って受け入れることでハッピーになったほうがよい」と説いています。

Maybe, instead of trying to fix ourselves, we should take on a resolution of self love and learn to embrace who we are at this very moment.

要するに、去年の私はself-compassionやself-loveが足りていなかったということになりそうです。私は何人かの仲間と一緒に1月11日から始まるBrene Brownのオンラインコースに参加するのですが、彼女の最新刊”Rising Strong”の中で、「人々は本当にベストを尽くしているのか?」という質問がでてきます。著者はこの質問に対する答えは常にYesだ、という立場に立った上で、“Stop loving people for who they could be and start loving them for who they are”と述べています。この文章が出てくる箇所は、組織の中で力を発揮していない人についての対応という文脈で書かれているのですが、これを自分自身に置き換えても同じことが言えるのではと感じました。私が「集中できない」「やる気がでない」と悩んでいたときにもっとも助けになったのは、「これではだめじゃないか」という批判や、「もっとやらなければ」という叱咤激励ではなくて、「今の自分にできるベストを尽くしている」ことを認めて受け入れることと、ジャッジメントではない好奇心だったはずなのです。ジャッジメントやフラストレーション、怒りはエネルギーを使うものですし、できない自分をさらにいじめていたのかと思うと、それでは長期的に持続する集中力もやる気もでなくて当然だったという気すらしてきます。

Lodroは記事の中で「自分に優しくすることと、怠けることは別」とも書いています。これは私も常に気になっていることですので、この箇所を読んで思わずニヤリとしてしまいました。「健康のためにヨガに行こう」と決めていても、つい暖かい布団から出たくなくて「自分に優しくしないとね」と言って2度寝する・・・という例が挙げられていますが、彼は「心の底では、自分に本当に優しくすることとは、心地よいと思うところから少しだけ自分を押し出すことと知っているはず」と諭しています。なぜ変わりたいと思ったのかという目的をクリアにすることも必要で、かつ、その変わろうとするプロセスの間、自分に優しい目を向けることを忘れないようにということでしょう。

If you are constantly at war with yourself, how do you think you can relate peacefully with other people?

人は成功するから幸せなのではなくて、幸せだから成功するとも言われています。どんな状況も受け入れ、認められる人が、目の前の問題を解決するクリエイティビティを発揮できるということなのでしょう。ビジネスでもプライベートでも「今年はXXを達成したい」という目標はそれなりにありますが、何よりも去年学んだことを生かして、まずはベストを尽くすこと、そして自分はベストを尽くしていると認め受け入れることを心がけたいと思います。

(image by Natasha Norton)

NY市で継続中の10代の妊娠を予防するキャンペーンに非難が集中

Empathy is the ability to put ourselves in someone else’s place in order to understand what they are feeling. When we are empathetic, we can listen and respond authentically to others, and we have the skills to consider how our actions will impact others. 共感するとは、自分を誰かの身におきかえてみて、その人が感じていることを理解すること。共感しようと心を開いているとき、私たちは相手の気持ちを聞いて、本来の自分らしく反応することができるし、自分の行動が周囲の人にどう影響するかを考えることもできる。

これはDr.Brene Brownが最近のブログ記事“Public Shaming is a Better Example of “If it feels good – do it” than Teen Pregnancy”で書いていた言葉です。この記事のトピックは最近ニューヨーク市が開始した10代の妊娠を予防することを目的としたキャンペーン。涙目をした幼児の写真に「お母さんが僕を10代で産んだから、僕が高校を卒業できない確率は2倍高い」など、類似のメッセージがついたポスターがあちこちに貼られているそうです。このキャンペーンには各方面から「10代の妊娠を防ぐ具体的な方策や、彼らに対するサポートを提示していないばかりか、10代で親になるグループや、その子どもたちに対する偏見をあおるだけだ」という趣旨で多くの批判がよせられています。

Dr.Brene Brownはブログ記事で「”shame”(恥)を使ったこのようなキャンペーンは、私たちの共感する力を奪ってしまう」そして「“shame”は、私たちは変わることができると信じる心を内側から蝕んでいく」と強調しています。

親として子どもにきちんとした躾をしたいと思うとき、子どもに”shame”という感情を味わわせることで、行動を改善させようとする場合があります。もちろん私も例外ではありません。兄弟げんかの仲裁の場面や、子どものとった適切でない言動に対して謝りの言葉を強要するような状況で、親が無意識のうちに、子どもにこの”shame”という感情を感じさせていることもあるでしょう。

でも、”shame”を使って行動の変化を促す試みが、その人に、長続きするような根本的な行動の変化をもたらすという証拠はない、とDr.Brownは語っています。それは、”shame”という感情に満ちてしまっている人は、だんだんと自分自身の力を信じられなくなるからなのです。また”shame”という感情は多くの場合、暴力や、いろいろなものへの中毒、無気力、そして恐れの原因になっています。10代の妊娠や、極端な肥満や、アルコールや薬物への中毒・・・・これらのことで既に苦しんでいる人たちに向かって、「あなたはこうなるべきではなかった」とさらに攻め立てるようなことは、彼らが持っている”shame”という感情になんの救いももたらさないと彼女は言っています。彼らにもっと必要なのはEmpathy、つまり彼らの身になってみて、心から理解しようとすること。子育てにも同じことが言えるのではないでしょうか。

心を開く勇気

7月にポートランドで参加した世界征服サミットの基調講演のトップ・バッターはDr.Brene Brownでした。彼女は長年の研究の結果「心を開くこと」について語った”Power of Vulnerability”というTEDトークの動画で大変有名になりました。この基調講演については世界征服サミット同志である堀さんのこちらの記事にまとめられています。今読み返してみてもあのとき会場で味わった感動が蘇ってきて幸福な気分になりました。

この世界征服サミットで出会ったサンディエゴの友人Gregは、去年のサミット参加以来起こした具体的な行動のひとつとして、自分のラジオ番組を始めていました。1年ほどがたった今、彼のラジオ番組でDr.Brene Brownをゲストに迎えてインタビューをしたエピソードが昨日放映されたのです。彼女が長年追求しているテーマである“Vulnerability”とは、日本語では「脆く、傷つきやすいこと。攻撃に対して弱いこと」と訳されています。これは英語でも文脈によって意味が違ってくる言葉のひとつで、たとえば戦争や喧嘩など実際の戦いや、あるいは法廷ドラマやアメリカで架橋を迎えている選挙戦などの場面においては、“being vulnerable”ということは何をおいても「避けるべきこと」になります。弱みを見せたら相手にそこを付け込まれて攻撃されてしまいますから。でも、この世界で自分と折り合いをつけ、他人との関係を構築しながら、ハッピーに生きていくことという観点で使われるこの言葉は少し違ったニュアンスがあります。「心を開くこと」と言えばいいでしょうか。誰に対しても心を開くことには抵抗がある人が大多数だと思います。それは、心を開くと何が起こるかわからないからです。信頼した人に裏切られたり、人を好きになってうまくいかなかったというような経験を持ち出すまでもなく、毎日を何気なく生きているだけでも、油断するとちょっとしたことで思わぬ攻撃を受けて傷つく可能性に満ちているのがこの世界です。

ラジオ番組のインタビューでは、Dr.Brownは“feeling vulnerable”の例として「自分のビジネスを始めたり、大勢の前で初めてスピーチをしたり、自分から愛を告白したり、深刻な病気かもしれないと検査した結果を手にしたときに感じるあの気持ち」と説明しています。そして、それでも心を開くためには勇気が必要だと。なぜ心を開くのか?そこに出てくるのがこの言葉。

“Your capacity to be wholehearted can’t be greater than your willingness to be heartbroken”

実はインタビューでは最後の“heartbroken”“uncool”(クールでない)と置き換えられていますが、彼女にとっては“being vulnerable”“being uncool” とは同じことなのです。彼女は新しい本“Daring Greatly”の中で、今は「一生懸命にやっている」とか「ワクワクしている」ということがかっこ悪いことのように思われているけれど、それは人々が失敗を恐れているし、失望したくないからだ・・・と書いています。でもリスクをとらずに静止して「クール」を保っているときには、傷つきはしないかもしれませんが、その代わりに人との深い関わりが生まれることも、そこから何かが起こることもない。つまり「かっこ悪くても(傷ついても)かまわないという覚悟の大きさ以上に生きることの喜びを感じられることはない」ということです。私たちがネガティブと受け取る感情を避けようと心を閉ざしながら、喜びや愛情といった部分だけを心ゆくまで感じることはできないからです。彼女が引用していた映画“Almost Famous”(邦題「あの頃ペニー・レインと」)に出てくるこの会話では、この世に存在するあらゆる偉大なる芸術はuncoolということがテーマになっている、と語られています。心を閉ざして静止したまま「クール」に生きるか、傷つくかもしれないリスクをとって心を開いて、真に「生きている」という実感を味わうか。選択肢は常に私たちの手の中にあります。

“The only true currency in this bankrupt world is what we share with someone else when we’re uncool.”