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子どもにお金をかけると何が起こるか

先日こちらの記事で、マンハッタン在住のカップルが「お金がかかりすぎる」として子どもを持たない選択をしたというコラムについてご紹介しました。このカップルの場合、二人の間で合意があるようなのでその点はラッキーでしょう。もし二人の間で「子どもにいくらくらいお金をかけるべきか」ということについて意見が大きく違っている場合には、子どもを育てる過程において、ことあるごとに衝突するようなことになりかねません。毎日の食卓に乗る野菜や果物はオーガニックなのかそうでないのかという比較的小さな決断から、クリスマスや誕生日のプレゼントにかける金額の多少や、毎年めぐってくる誕生日に大勢のゲストを招いたパーティをするかどうか、習い事をさせたり塾に行かせるかどうか、学校は公立か私立か、またアメリカの場合には大学進学のための学費を援助するのかどうかということまで・・・・子どもとお金にまつわる決断には枚挙に遑がありません。

先日の記事を読んでもうひとつ私が感じたこととしては、もしこのカップルが希望する金額を用意できるという結論に達して子どもをもち、実際にそれだけのお金をかけて子どもに“the very best”を与えたという確信を(親自身が)持ったとしたら、それは子どもにどんな影響を与えるのか?ということでした。一般的に言って、日本でもアメリカでも、やはり教育にお金をかけられる状況にある家庭出身の子どもは、社会に出たときに成功するチャンスをそうでない子どもよりも持っていると言えると思います。もちろん「よりよい機会を与えられること」は、その子どもの将来を左右する要素のひとつに過ぎず、本人自身の才能や心構えや人生に何を求めるのかといった他の要素も絡んでくるので、実際に成功するかどうかは一概には言えませんが、親の立場からすれば「出来るだけのことはした」という満足感や達成感は得られるでしょう。

でも一方で、それだけの金額(この記事の場合は約1億5千万円)をかけたという事実が、親の子どもに対する期待感を増大させるという側面もあるような気がします。もちろんこれも親それぞれの考え方によるもので一般論で語るのは難しいのですが、「この子にはXXXまでさせたんだから(XXXに入るものは、私立学校に入れたとか、海外留学とか、XX歳からXXXを習わせたとか、何でもいいのですが)」という台詞で、親の描く「将来像」だったり「幸せの形」を子どもに押し付けるということも往々にして起こるのではないでしょうか。

私の両親は私に対して「XXまでしてあげたんだから」と思っているんだろうな・・・と感じさせる言動は一切したことがありませんし、実際にそう感じてはいないのだろうという気がします。でも人はお金をかけたものにはそれなりの期待感をもつという原則を思い出すとき、どこかでは「XXまでさせたのに」と思われていないだろうか、と自問自答することがあります。例えば「4歳からピアノを習わせたのに、今ではとんと触っている気配がない」とか・・・もちろん、少し考えてみればこれは私自身の自分に対するつっこみであることに思い至るのですが、このように「親が本当はこう思っているのでは?」と密かに感じている人は意外に多いのではないでしょうか。

アメリカで家族を持つ人は必読だと思う“Boundaries”という本によれば、親が子どものためにする様々なことは、真の意味のgiftであるべきで、そこに見返りが期待されているのはgiftとは言えず何か別のものであるのだそうです。一般的には、親は子どもに「幸せになってもらいたい」という気持ちで、少しでもハッピーな人生を送れる可能性を大きくしてやるために手を尽くすわけですが、問題は親の考える幸せと子どもの考えるそれとは違っている場合が多く、また多くの親はそれをすぐには受け入れることができないという側面だと思います。私も現在は3人の子どもの親になったので、習い事やなにやかやのお金を払いつつ、子どもたちが将来の道を選ぶような年齢になったときに、今までかけたさまざまなリソースのトータル金額が脳裏をよぎることなく、冷静に「それは私の考える幸せとは違うけど、あなたの人生だから幸運を祈る」と素直に思えればいいのだけど・・・と祈るのみです。

そして冒頭の記事に出てくるこのカップル。この記事を見て眉をひそめた人たちの多くは「一億5千万円もかけなくても子どもはちゃんと育つから大丈夫」と感じたようですが、「もしそれだけのお金をかけられる状況にあったとしても、そうすることが親子にとって最良の道とは限らない」という側面からの異論はあったのだろうか、と気になりました。

Gift of Giving

Today I attended a San Diego Women’s Foundation membership committee meeting. I’ve been a giving_moneymember since 2008 and was selected to be a 2008 “class coordinator”, meaning that I am in charge of encouraging people who joined in 2008 to attend events and meetings. This is a unique organization in a sense that we give out a certain amount of money to different worthy organizations, but we do not do any fundraising event. The money comes from membership contribution ($2000 a year). The idea is that there is a limitation of what $2000 individually can do, but if we pull every member’s contribution together, we can collectively do a lot more things that are beneficial to the community. Continue reading

It’s Just Money

I lost my car keys last weekend. It doesn’t happen very often that I lose stuff, but when I do, I get car-keys-use-this-oneover it relatively quickly. Of course, it depends on what it is that I’ve lost, but if they are just “things”, I can let it go. But this time, since they were the keys for both our cars (one with the remote control), I was finding it a little challenging to let go. I kept thinking back to where I could have lost them. It must have happened last Saturday evening. I returned home from work, and my husband and I went out for a movie. We first stopped by at a sushi restaurant around the corner, and then went to a movie theater located on the U.S. Naval base. My husband drove so I didn’t use my car keys except when I opened the door after the movie. Continue reading